カテゴリー「SHIROH」の25件の記事

ゲキ×シネ蛇足(キリシタンの描かれ方について2)

最後に。
「SHIROH」に登場するキリシタンたちの描かれ方について、キャラ別にもう一度振り返ってみました。(もう全然ゲキ×シネ関係なくて本編の思い出話になってますが(^^;))

■四郎
この作品、ギャグを除いていちばん笑ってしまった台詞は伊豆守暗殺を企てた四郎の「我らは侍じゃない、キリシタンだ!お前らのしきたりなど知らない!」でした。率直に「すげえ」と思った…これだけ理不尽かつ無茶苦茶言ってるのにこんなにカッコいいってどういうことだ、と…(^^;)。そういえば冒頭の「罪知る者を罪知らぬものが裁くというのならその裁き、この四郎の刃が覆してくれる!」も、落ち着いて考えたら「えっそこで刃物出しちゃうのはいいんですかキリスト教的に!」っていうツッコミが生じるはずなのですが(笑)そこで押し通せちゃう迫力と説得力オーラ、さすがです(笑)。
でも根本的に四郎さんはそういう「矛盾」をわかって行動しているように見えて、そこにつくづく惚れました。
マトモな信仰だけで突き進んでくんじゃリーダーも戦争もやってられない。だけどやっぱり心の底はキリシタンだから、なんとか自分の納得のいく信じかたを探すこともやめられない(でも見つからない)。…やっぱし君の弱さが好き(T_T)。

■寿庵
この人は甚兵衛さん以上に政治家の厳しさを持った人だと思うのですけども、なんていうか信仰そのものについてはドライというか冷静な感じで、そこがほんと頼もしい。神さま信じてます、今日のごはんどうしましょうか、ていうのを別に考えられるタイプで、四郎にはホントにぴったりだと思います。ある意味敬虔さからは離れてるんだけど、こーゆー人がいちばん他人に優しい信者になれるタイプだと思う。(…でも彼女だけ十字の切り方が逆なんだ(T_T)それが惜しくてなー)。
ひとつだけ違和感を感じるのが、食料庫でお蜜さんが糾弾されるシーンで寿庵が急に剣呑になるところ。「罪を知る者」キリシタンとして、人を責めるのに「ユダだ」はあまりにも暴力的なんじゃないの、と…。そういうキリシタンもいたと思うけど、狂信とか感情的な役割って甚兵衛さんやお福が持てばいいわけだし。どうにも寿庵がキャラ違うなあ、という違和感が捨てきれませんでした>食料庫のシーン。周りを煽動したいとか政治的な意味があるならともかく、その場には身内しかいないんだから、処分するかしないか冷静に決めればいいのであって、本人を追い詰める必要ないじゃん、と。

■シロー
「SHIROH」観つづけて●●回(数えてねえ)、ほんっとにほんっとーに納得行かなかったのが「何で君が急に神様のせいにする?」てことでした。「これが神の仕打ちか!3万7千の命くれてやる!」という言葉、島原の四郎が言ったんだったらここまでのもの凄い重みや苦しみがカタストロフィにバシっと繋がったと思うけど、天草のシローが言うんじゃ「なんで!君いつからそんなに神さまに賭けてたの!」て違和感が大爆発。
…ところが、大阪大千秋楽のカーテンコールで、「まるちりだよー!ま!る!ち!り!」とコールしているアッキーを観てて、キリシタン的に頭クラリとするのと同時に、なんとなくそれまでの二ヶ月間の違和感が昇華しちゃったところがあり(^^;)。
「そうか、シローにはよくわかってなかったんだ」と…。
殉教も聖戦も、神様も宗教もラスト・ジャッジメントも、シローには理解できてなかった。ただ純粋な子供が「No!」って叫んだ、それが「皆殺しだ!」なんだと(違うと思う方すいません)。
そんな気持ちで観たゲキ×シネ、お蜜さんの死から「3万7千…」まですごく丁寧にシローのアップを追っていくので、シローの感情の高まりと爆発のところがホントに胸にザクザク来ました。今更ですけども、ちょっと嬉しい再発見でした。
でもやっぱり、シローには最後まで、海の向こうへみんなを連れて行こうとして欲しかったけどね…。

■お福
同じく大楽のカーテンコールの「殉教しましょー!!」にクラクラ来ました…すいません、マジにとっちゃいかんのはわかるのですがこういう客もいていいよね(^^;)。
お福に関しては一人の純粋な信者だって思えばいいのかも知れないけども、やっぱり最後の「違うよ四郎、私たちは進んで戦っているの」には「なんで」と思わずにいられなかったです。信じることと戦うことと全然矛盾しないと思ってたのか。求道者だったのか狂信者だったのか、そこのところ最後までピンと来なかった。

■甚兵衛
ホントこの方、大好きなんですが。シローよりもお福よりも謎でした。
神の御子伝説作戦を企ててがんばってたのはわかる(あの「ヘイユー四郎」って分かりやすさといい面白さといい設定をパシっと観客の頭に詰め込む説得力といい、最高じゃないかと(笑))、伊豆守に踊らされたと悟って狂乱するのもわかる、最期に十字架握って「死に場所を見つけた」って言えちゃうのがわからん。キリシタンとしてじゃなく、陰謀家として終わって欲しかったなー。

■お蜜&リオ
何度か書きましたけども。
キリシタンであるなしは置いといて、ホントに純粋に神様の近くにいたのは彼女たちなんだなあと…。
救おう救われようとしてくれればそれでいいんだよなあ…信者って宗教を難しくしちゃうんだよな。
そーゆー意味ではホントに、これだけ混乱させてくれたこと自体が「SHIROH」で描かれるキリシタンのリアルさかも知れない(^^;)。
矛盾だらけですよね、信者もそうじゃない人も。

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ゲキ×シネ蛇足(「まるちり」について)

これ公演中に書こうか書くまいか迷って結局書かなかったんですが、ゲキ×シネ「SHIROH」観てとってもいろいろとまた胸に込み上げたものがあったのでひとつまとめてしまおうかと思います。劇中のナンバー「まるちり」について。(あまり面白くないですが)

小学生の頃「まんが日本の歴史」で読んだ島原の乱の記述は衝撃的でした。
飢饉と厳しい年貢、キリシタンの弾圧(踏絵の話なんか子供にはホントにきつかった)、「蓑踊り」みたいな物凄い刑罰まで登場してくる恐ろしい土地で、十字架を持った十代の男の子を心の支えに、農民達が立ち上がる。でも一揆勢は全滅して、その少年も殺されてしまい、キリシタンの弾圧も続いていった…という、なんじゃそりゃ、そんな悲惨な話があるか、というストーリー、いえ歴史。かなりデフォルメされてる記述だったのですけども、教会で聞いていた日本の殉教者の話とリンクしていっそうひきつけられたことをよく覚えています。

普通に生きてくことが極限状態な(凶作で食べ物もない、税を払わなければ蓑を着せられて火をつけられて焼き殺されたり、臨月の妻を川の水に数日間つけっぱなしにされて子供もろとも死に追いやられたりした)人たちが「天国という場所が確かにあって、信仰を捨てなければそこへ行ける」っていうことを確信できていた、それが彼らにとっての宗教であったんだと思うわけです。この辺はたとえ自分がクリスチャンでも現代の日本人(「服あふれ靴あふれ籠にパンあふれ足るを知らざる国となり果つ」)である以上、実感できるものではありませんから、想像するしかないんですけども。

キリスト教もこれだけ歴史も長く流派も多ければいろんな考え方あると思うんですけども、自分的な解釈では殉教者って「信仰を捨てるのを拒んだために殺された人々」ですから、主君の為に死ぬってのとはちょっと違うかなあ。うまく言えないけど「指輪物語」のサムの台詞で「そのまま道を続けてってそれから、全部が全部めでたしめでたしで終わったわけじゃねえのです」てのに近い感じ…もうその道を行くしかないっていうのか。
為政者にとって秩序をもたらす仕儀であり、信者でない人たちにとっては異端者に対する当然の罰であった処刑を、せめて残された信者くらいは称えてあげなきゃ救われないじゃないの…ある意味、殉教者を称える行為ってそんなところかな、と思うところもあり。すごく一面的ですけども。

ただ、牢屋に閉じ込められて、明日、死ぬしかない人たちが絶望していたら、指導者である甚兵衛が、せめてみんなを落ち着かせ最期まで幸福でいてもらうために「これは殉教なのだから」と諭す、ていうのはアリだと思うんです(現実に日本でも外国でも、そういうことはたくさんあったはず)。

だから「まるちり」の場面は半分納得、半分は「そーか…?」て感じなんですね。甚兵衛さんの「殉教じゃ!」は指導者(=煽動者)のパフォーマンスとしてわかんなくはない、けどそのまま「そうだ、殉教『しよう』」ってみんながトランスに入ったり、「あきらめるな!」っていうシローに甚兵衛が「自由などない!」と食ってかかるあたりでは「甚兵衛さん何がしたかったの?」と反感を持ってしまう…これって「キリシタンはこーゆーもの」ととるか、「益田甚兵衛がそういうパフォーマンスでみんなを乗せている」ととるか、皆さんどっちなんでしょう。

まあ「SHIROH」のキリシタンたちはああいう人たちだったんだ、ていうことで納得することはできるんですけど。ここでヘンに頭に押し込めちゃうのも逆にもったいない気がするので、DVD見ながらまた考え込むんでしょう、私は。

【追記】「まるちり」で検索されてる方に向け用語追記します。↑そもそもの意味について語ってなくてすいません(^^;)。
「まるちり」はラテン語や英語でmartyr(マーティアとかマルティルとか)、主に「殉教者」を意味します。キリスト教の表現上、よく出てくる言葉なのでミュージカルの歌詞にも時々登場します。「レ・ミゼラブル」の司教様の歌でも「By the witness of the martyrs」がありますね。(闇からあなたを…のところ)

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ゲキ×シネ蛇足(映像編)

その他雑感。(あとからあとから書きたいことが出てくるなあ、「SHIROH」は…)

「SHIROH」のタイトルがスクリーンに映し出される瞬間は劇場でも肌がザワッと来る程感動しましたが、映像版でもカッコ良かったですね。「違う!違うんだ!私は天の御子ではない!」のタイミングにザッ!とタイトルがかぶって「貴方こそ天の御子!」という全員のコーラス、群がるキリシタン達の中で苦悩する四郎…そして、タイトルにかかる二人の天使が二つの骸骨に変わる映像。いやー好きだ。

ただ、それ以降のシーンでは、もっとモニターの絵をからめればいいのにな、と思った部分もありました。「花の紅天狗」のDVDみたく、舞台ではスクリーンに出してた映像を画面に重ねちゃう効果をもっと入れるのかと思ってたのですけど、そういうことはなかったですね。「耕したい男No.1」の文字が四郎さんのアップの背後にでかでかと入るとか、「いつまでもともだ…」で一幕のしげちゃんかっちゃんの幸せだった(爆)シーンがフラッシュバックするとか、そういうわけのわからない加工を一人で妄想して喜んでた身としてはちびっと残念(笑)。

スローモーションはそれぞれカッコいいし効果も楽しいんだけど、全体でどこか一箇所、せいぜい二箇所が限度じゃないかなあと思いました。(「今行くよー、かっちゃーん!」で入ってたのにはお腹よじきれましたけども)。最初のインパクトが薄れると「またか」と思ってしまうので…。特に上川さんの殺陣はー。一幕ラスト、下手から上手まで敵を切り飛ばしつつ、じゅばじりざくずざばさっ!!と駆け抜けるシーン、ああいう凄まじい見せ場はあえて加工しないで、スローモーションもカット割りもなしでロングがいーと思う。こればっかりは好みですけども。

あと、アップが多いのは嬉しい反面、全身から見えていた印象も大事だなと思った面もあり。特にシローはアップもいいけど、最初の凧のシーンで奥から走り出てくるところにあるような、華奢な印象もすごく大事だなー、と思うので。一幕の衣装好きだなあ…。
凧といえば後半、伊豆守のとこから逃げ戻ったお蜜がシローの歌を聞いてフッと崩れるところ、映像だとお蜜さんの表情をずっと追ってくので本当ーに泣けてきました。

収録時期については昨日書いたような理由で基本的には万万歳だったのですが、シローの洗礼名ガラミのネタ「じぇ、じぇ、じぇろにも」については微笑に留めたい(^^;)。この時期アッキーが「その『御子』っていうのはやめてくれないか、まるで俺が俺じゃないみたいだ」の台詞の変わりにじぇーじぇー言ってたせいで寿庵の「あなたであっては困ります」が意味を失っちゃってたんだよなー(^^;)。でも寿庵とお蜜さんが険悪になるところの二人のSHIROHのリアクションをコツコツ追ってくれたのは嬉しかったです>カメラ。

ああまだ書き足りない(^^;)。また追って。

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ゲキ×シネ「SHIROH」

ゲキ×シネ「SHIROH」を観てまいりました。

映像化に際しての工夫はもちろんいろいろあって、映像なりの発見もありましたが、どちらかというと芝居観てるのとほぼ同じモードで観ちゃいました。昨年12月に戻った気分で、感動・疑問・ツッコミ・笑い・共感・反感・幸福感・「ああ、出番ここで終わりだ」という脱力感(爆)…といったものがまざまざと蘇ってくる3時間。さすがに8ヶ月経つと「気合じゃー!キョーコーッ!」というネタは風化したな、とか(^^;)、時の流れに感慨深いものもありましたが。
ホント、思った以上に臨場感があったなあ。席も見やすかったですし、ものすごく音が良かったし。まあやっぱり、贔屓が出てくるシーンでは急に凶悪な気分になって「アングルーッ!!!」とか叫びだす、てとこはありましたが…まあそういうのは誰のファンでもあることで(^^;)。

アップでいろんな人の顔を、しかも一度に見るというのは贅沢な経験ですね。期待してましたがリオの一連の表情と涙、涙。
カットの拾い方で嬉しいのが、マツネタで四郎さんが小さくリアクションしてる(「入れ歯洗ってるよ!」で奥歯のあたりをちょっと触ってたり)ところとか、食糧庫のシーンで甚兵衛さんが隙を見てお蜜を撃つタイミングを計ってるところとか、端々のいい芝居を可能な限り入れてくれてるところ。もちろん、観るツボは人によって違いますから、自分的に「ああここはこっちへ行ってくれ」というのは当然、何箇所かはありましたが…まあ贔屓についちゃキリがないから言わないけど(ッでも「だいじょおーぶー」「きゃー!」のところの前後開脚着地・一瞬で直立ジャンプっつうあの動きだけは残して欲しかったッ!!)、ラスト手前のお福の「戦おう…」と歌う、曲調が変わるところでユラリと振り返る寿庵は観たかったなあ。

あと「世の中には『顔に汗をかく人』と『顔にだけは汗をかかない人』がいるもんだ」としみじみ…特に寿庵とリオは、そもそも汗というものを分泌してないんじゃないかと(^^;)。
いっぽうで登場直後の「遊びじゃないよおばさん!」で既に汗をかいているクラウドゼンザを見て「泉見くんはそーでなくちゃ」と思ってしまったり(笑)。ゼンザは全編、細かいショットがいっぱいちりばめられてていい感じでしたね。口之津のソロパート歌うところの雰囲気すっごい好きだー(コーラスに好きな人の声も混ざってるしな(爆))。

何箇所か、劇場ではなかった音楽や効果音が追加されてたみたいですね。冒頭の寿庵の歩みにバン・バンて音が入ってたり、場面によって伴奏やエコーが強くなってたりするところは場面によって気に入ったりうーむと思ったり、いろいろでした。オランダ船からの砲撃のシーンで悲壮なBGMを思いっきり大きく加えてるのはちょっと違和感。マツが「あんたたちが始めた戦だろ!」って叫ぶあたり、曲調のカッコ良さとのギャップが大好きだったのですけど、意識が逆にそれちゃって。
ところで甚兵衛さんの津屋崎だましの術のところで突然軽くなるピアノBGM、「天の御子よーここにー」のメロディだったんですねえ。今更気づいた(^^;)。

収録は12月中旬くらいでしたっけか。
全体に、ギャグと芝居の基本的な分かれ目がはっきりしてて、映像化に適した時期だったんだなと思いました。いえ、自分は日替わりネタ大大大好きですが、やっぱ残すんなら基本の台詞、「これだから九州の田舎者は嫌なのだ」であって「これだから九州の田舎者は有明海をダメにするのだ!ワっカメっをかっえせっ!」ではなかろうな、と(笑)。…でも四郎様の「やっと新感線らしくなってきたな」がなかったのは惜しかった(笑)。ちょうどこの直後ぐらいだったんでしたっけ。
個々のアドリブにしても伊豆守の大暴走が始まる直前だった(大暴言)せいか、ひとつひとつのネタが目的地にちゃんと収まってる感じで、「残す作品」としての完成度はこの時期、ちょうど良かったのではないかと思いました。

などなど。喜んだ点悲しんだ点(笑)いろいろなゲキ×シネでしたが。
「これだけで映像化の価値アリ、どーもありがとう!」と内心叫んでしまったのがやはりラスト手前の寿庵、倒れる四郎をバックに目をカッと開く表情のアップでした。
以下、リピーターのゴタクですが。

昨年12月に書いた話↓
>>うっすらと目覚めるけど何が起こったかまだわかってなくて、それが、背後の四郎が倒れた瞬間にカッと見開く。ゆっくりと立ち上がって、光の中を四郎たちが去っていくのとシンクロして表情が徐々に壊れていき、最後は何かを叫ぶかのような泣き顔…そして、語り手の山田寿庵に戻る。

ここの寿庵の表情の変化の仕方ってこの後変わってまして、たぶん12月ラストらへんから大阪公演の頃にはこういう感じじゃなくなってたんですね。四郎が倒れた時点ではまだ事態を把握してない感じで、倒れた四郎が立ち上がってシローのほうへ歩いていく、その歩みとリンクした形でだんだんと目を見開いていく…という流れに変わってまして。これはこれでジワジワと何かが迫り来る感じが素敵なんですけど、前の「四郎、倒れる」=「寿庵、目を見開く」というタイミングがバシッと合ってた、その絵がもの凄く好きだったもんで、これだけで今回の映像は「ああッいろいろ逃したネタもあるけれども許す!この時期にしてくれてありがとう!!」て感じでした。

あーでも最後にひとつだけグチを…。
板倉重昌の「一月一日没」のテロップ、最後の「享年50歳」は残そうよ…!!(号泣)

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前にも書きましたけども

「FINAL FANTASY VII」というゲームの続編にあたる映像作品、通称「FF7AC」の発売が近づいてます。知ってる方は知ってると思いますが、この作品、ここ数十ヶ月にわたって逃げ水のように発売日が遠ざかってく感じで東宝版"Tanz der Vampire"の正式発表と同じくらい世間から「まだですかー!」の声が上がってた代物で…すいません、どっちジャンルの方にもピンと来ない話ですね(^^;)。

で最近、コンビニに行くと予約特典のポスターがよく飾ってあって、主人公のクラウドのイラストを目にする機会が増えてるんですけども。

このクラウド、髪型が金髪のツンツン頭で、色が白くてやや小柄。
見れば見るほど「SHIROH」のゼンザ(泉見洋平さん)にそっくりだったりして。
いや、性格はゼンザというより四郎様みたいな苦労性でしたが…。
(それでいくと小左衛門あたりザックスでどうだ)

すいません、帝劇でこの話しても誰もついてきてくれないもんでつぶやいてみました…。
はやくゲキ×シネ観にいかねば。

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異種格闘技戦

キャストのことキャラクターのこと、カーテンコールのこと、楽近くに結成された十兵衛・津屋崎・殿の「チーム三頭身」のこと(笑)等々、書き残しははいくつもございますが、「SHIROH」オンリーで更新してきたこのブログを一旦ここで中締めしたいと思います。

あらためてキャスト&スタッフを眺めると、本当ーーーにいろんな人が関わっていたんだなあ、と思います。たぶん、この作品で初めて○○を観ました、知りました、という出会いが、どの人にもたくさんあったのではないでしょうか。

最初にこの作品の話題で人が集まりだした頃「新感線ファン」と「(東宝)ミュージカルファン」という二つの客層があるように言われて、違和感を覚えつつ、ちょっと「なごんだ」記憶があります。「そーか…レミオタもクンツェマニアも外国版好きの人もサイゴンリピーターもアッキーファンも、一緒くたに『ミュージカルオタク』でくくってもらえるんだ…」みたいな(笑)。

人それぞれではありますが、例えば「レ・ミゼラブル」なんかをリピートしていると、どんなキャストが好きか、曲についてどういう解釈でいるか、何年に上演された公演を観てるかなどで、その人によって「こうあるべき」みたいなもの凄いこだわりがある場合が多く、ハタから見たらマジかよ、と思うであろう深い(細かい)ところで意見がぶつかることが多いわけです。昔を知った人とそうでない人のジェネレーションギャップも発生しがちだし(苦笑)。たぶん新感線作品でも、長い歴史のある作品ではそういう部分があると思うし、また誰か役者さんのファンだったりするともう、見方が全っ然変わってくるので、個々の人はとても深いものを観ているし追求するのは楽しいけれども、なかなか世間が狭い(もちろん、それゆえの楽しさや効能もあります)。

そういう垣根を越えて、「(観る側は)バラバラなのが当たり前」という環境で、全員が「これまで見たこともないもの」に触れて、それぞれの視点で何をどう見たか、それに対してどう思うかが吹き出してくる様は本当に面白かったです。さまざまな掲示板、サイト、ブログ、観た友達との会話、どれも少しずつ見方が違っていて、そこから自分も発見があったり。
隣に座る人の会話だけでも「面白いね!」「中川くん凄い!」「宗教ネタ嫌い…」「じゅんさん最高!」「喋れば10秒で済むところをなんで歌うの!」「長い!」「長さを感じない!」と実にバラエティ豊かで(笑)。

私は「SHIROH」という作品の中にはいくつか納得できない部分があり、その中には作品を深く知っていくうちに解消されたものや、別の人の解釈を聞いて納得したもの、疑問のまま残ったもの…などいろいろありまして、気持ちの落ち着き先もさまざまです。
この二ヶ月本当にいろんなことを感じ、考えました。あまりまとめきれませんでしたけども、いろんな感想の中のひとつとして、面白がっていただける内容であれかしと思います。

二ヶ月間、たくさん感動し、たくさん疑問を感じ、たくさんの言葉と出会いました。
本当に楽しかった。贔屓よ、出てくれてありがとう(爆)。

ここ、今後も更新頻度は下がりますが、ミュージカル&雑談で続けていくことと思います。SHIROH思い出し語りもしていきたいし。今年はおそらく「Mozart!」語りなど多くなりそう。昨年観てきたハンガリー版レポとか、少しずつ上げていけたらと思います。
またたまにいらしていただけたら嬉しいです(^^)/。

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リオのこと

前にキリシタンの描かれ方についての疑問を書きましたが、この作品での神様の存在の仕方というか、「神が存在するのかしないのか」があえてぼかされてるところはすごく気に入ってます。
「SHIROH」を最初に観たとき、リオは天の使いだと思っていました。「LOVVAD SEIA...」と歌う場面なんかも手伝って、天の使いとしてみんなをはらいそに導こうとする「仕事」を持って使わされたのかな、と。
その後次第に「実際のところ、この作品に『神』は登場してこないんだなあ」と思うようになって、ではリオは自分の意思で現れた霊的な存在なのかな…と感じるようになりました。彼女自身はキリシタンではなく、ただ「人に光を与えるもの(自分に光を与えてくれたもの)」として十字架を、聖霊を讃えていただけなんだろうなと(まあそれがキリシタンであるということかも)。

彼女は四郎に救われた(暗闇の光を与えられた)ことをただ感謝していただけで、さんちゃご、四郎様と呼びかけたのは最後に感謝を伝えたかっただけなのかなと…ところで、これはキリスト教を客観視できないキリシタンとしてのグチなんですが、その言葉「さんちゃご」を頭の中で「聖ヤコブがお守りくださるぞ、異教徒を駆逐せよ!」と直訳してしまったせいで私自身はとっても混乱した記憶があります(^^;)。今となっては、リオは掛け声としての「さんちゃご」を、祝福の気持ちを込めて四郎に投げかけたのだと(あるいはリオは何も知らずに「相手の言葉」で四郎を勇気づけようとして「さんちゃご」と言ったのかも)考えるようになりましたけども。ホント個人的な感想ですが、「お蜜はユダだ」といい「ラスト・ジャッジメント」といい、変に考え込むとハマって回り道する羽目になる、きっつい表現が多いですSHIROH。まあこれは観るにあたって余計な宗教的前提(結果的には先入観(^^;))を頭からどけられなかった自分が悪いのですけども。

すみませんリオの話。
彼女、すごく細やかな表情のお芝居をしてるんですけども、他の人のせりふの合間だったり、舞台奥で遠かったりするせいか、その細かい仕草を見て取れるまで結構時間がかかりました。もしかしたらそうやって見逃すことで、リオという存在そのものを曖昧にとらえたほうがいいのかも知れませんが、一度リオに注目し始めるとやっぱりホントに表情が綺麗で、これは見逃せないなと。以下、ソロの場面以外でツボに来たところからいくつか。

●牢屋でシローの呼びかけにみんなが熱狂し始めると微笑んで、十字架を握りしめる。
自分が四郎からそれを手渡された時の喜びと救いを思い出したのかな、彼女としてはそういうものをみんなに与えたかったのかな、と思いました。

●一幕ラスト、四郎を見下ろして微笑む
一幕では彼女、一貫して四郎に微笑みかけてますよね。自分にできる形で一所懸命四郎に語りかけてる、でもそれを見上げる四郎は笑ってはいないわけで。二幕ではだんだん悲しそうな顔になっていく彼女の、最後の微笑が切ないです。

●四郎の「自分にしか見えない幻」で悲しそうにかぶりを振る
とても切なそうに小さく小さく否定する。ずっと投げかけていた自分の微笑みの意味(少なくとも許し、おそらくは許しの次元を超えた気持ち)が全然四郎に伝わっていなくて、それどころか苦しめ続けていることで、だんだん彼女の本音というか焦りというかが表に出てくるあたりが(;_;)。

●寿庵に口付けした四郎が倒れた瞬間、泣きながら目を背ける
四郎と寿庵ばかり観てて見逃したのか、大阪限定なのか…とにかく公演終盤まで気づかなかったのですけど激ツボでした。シローに口付けする前の迷いのない表情とか、みんなと一緒に四郎に向かって歌いかけるところでの微笑とか、そこまでの、なんていうか余裕の糸が、四郎があおむけに倒れる瞬間にふっと切れる。
ちょっと風情のない言い方ですが、ずっと働きかけてきた彼女の第一志望は「四郎たちキリシタンが光を得て自由に生きていく(=心にはらいそを抱いて、この世に生きていく)」だったのだけど、第二志望として「死ななきゃならないならせめて心をはらいそへ」だったのかなと。彼女は本当に四郎に生きていて欲しかったけれど、もうあれしか(シローにキスすることでみんなを導くと同時に、四郎が最後に誰かを救える方法を教えてあげることしか)できなかったのかなあ…って。(俺はーほーんーとーにー…と歌いながら書いてしまった(汗))

なんか重箱の隅つついてるうちにタイムアップ(^^;)。またいつか。

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小左衛門のこと

最初の頃は「ああ、なんでこんなに流れと関係ないことするんだろう」とごく普通にうっとおしがってたんですが(笑)、気がついたらとっても好きになっていた…(^^;)。
小左衛門てギャグやってない間はすごい真面目に闘士してますよね…二幕頭の手榴弾投げとか、伊豆守暗殺未遂とかクライマックスとか。
お福ともすごく仲よさそうで、「歌え勝利を」でのラブラブぶりがとても好きでした。(東京で1、2回、最後の盛り上げを甚兵衛さんに替わってやらされてたことがあって、それも楽しかったです)。

ただ、個人的な感想ですけど、このギャグの人とシリアスの人の印象が普通に「別人」だったので、その二つのモードがもひとつ融合して欲しかったなあ…という欲が残りました。「真面目とギャグのギャップが楽しい」って言うより、単にキャラが一致しなかったというか。それには場面が少なすぎるのか、ギャグで使っちゃって何も残らなくなってしまったのか(^^;)、単に私が気付いていないだけかも知れませんけども。

シローが撃たれた後、お福が歌いだすところで、一人、シローに向かう形でひざまずいて一心に祈っていたり、最後にお福に並んで十字架を握って歩いているところとか、すごく好きだったので。そういう小左衛門が最後にギャグ言って泣かしちゃうとか(ベタですかね(^^;))、逆に前半の甚兵衛やお福のシーンでもガンガン一緒に歌っちゃうとか…そんな場面があっても嬉しかったかななんて。

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お蜜のこと

「SHIROH」、初見で一番感動した台詞はお蜜の「マリア…もったいないよ」でした。
必死のシローの頭にすぐに浮かんだ洗礼名がマリアだったことも心に響きましたし、それにもまして、お蜜のほうも「マリア」を誰なのかちゃんとわかってて、感謝とか照れとか嬉しさとかからかいとか救われた気持ちとか、そういうものを全て込めて「もったいないよ」って言ったように感じられて、あんまり舞台観て泣かない自分ですがここは心底ぽろぽろ来た。
幕府軍のスパイであることが発覚するシーンでも、「その女はユダだ!」と言われた瞬間に、ものすごく辛そうな顔をしますよね。まわり中キリシタンで、段々にいろんなことを聞きかじっていって、それで覚えたのでしょうけども。

島原のキリシタンたちの仲間に入るにあたって洗礼を受けたシローやゼンザたち、たぶん甚兵衛さんやお福なんかが、彼らや子供たちに聖書のこととかいろいろ授業してたんだろうななんて。きっとお蜜はそれを関心のないフリをしながら傍で聞いていて、彼らのいう聖母マリアとは誰のことかも、ユダがどういう存在かも知っていって、ごく真面目に彼らの考え方(キリスト教そのものかはわかりませんが、彼女にとっての「暗闇のひかり」をもたらしてくれるものというか)にどんどん引き込まれていったんじゃないかな…とか絵入りで想像して倍、切なくなったり。

キリシタンになりたいっていうより、シローたちと同じところへ行きたかっただけなのかも知れないですけれども。最後にどこにたどり着いたとしても、願わくば彼女がシローの歌を聞けるところにいますよう。

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SHIROHの日替わりネタ7

大阪大千秋楽、ちっともまとまりませんが少しだけ…(^^;)

■JINBE IS DESTINED FOR RESURRECTION (←出来心(^^;))
「この後の出番は1時間後じゃ!」が「52分後じゃ!」になって、帝劇楽よりさらに4分短縮されてました…ってなんでだろう(^^;)。四郎様の時計をちらっと見る仕草はよりリアルになってましたです。
津屋崎だましは「ここはお笑いの人たちに任せて、わしらはどこをカットしたらいいのか、再演の打ち合わせに行ってまいります…」の術。「果たして再演に出れるかな~?!」と叫びつつ暴力振るっていた津屋崎殿、この後の三宅殿がソロで歌う間の華麗な舞がすばらしく(笑)後ろの甚兵衛&キリシタンたちが大拍手されてました…ここの段々、お福はじめ下手の人たちは完全に素モードすね、いつも(^^;)。
書きそびれてたんですが、16日のここのネタで「わしらは足の踏み場もない池田さんの楽屋を片付けに行ってきます」とか言われて「よろしくお願いしまーす!」と叫んでたのは大阪甚兵衛ネタ中、自分的ベストでした(笑)。

■ワカメ・終章
「これだから九州の田舎者は有明海をダメにするのだ!ムツゴロウーッ!もう漁師たちのガマンは限界だーっ!!わっかめっをかっえせ!わっかめっをかっえせ!わっかめっをかっえせ!(+客席コール)」と最長バージョンで挑んできた十兵衛、最後の名乗りは半分だけ御自分に立ち返って「剣タラちゃん」でした(笑)。そしてこの間、よい子で聞いていた四郎さんは「だって自己紹介長いわりに結局誰なのかわかんないんだもん」と締めくくりにふさわしく一刀両断(笑)。…にしても十兵衛、「タラちゃんにそんなこと言ってもムダでちゅバブー!」てもう誰もつっこんでくれないよ、それはイクラちゃんだと…(^^;)。

■小左衛門納め
寿庵に四郎が「こんな綺麗な方を忘れるわけないでしょう」~「冗談です」っていうとこで、いつも「寒ッ!」と凍える小左衛門、ここの四郎さん大抵ムッとした顔で小左衛門をにらみつけてたんですが、楽に来てついに「うるせえ!」と一喝(笑)。小左衛門「うるさいって…」とリアルに「なんだよ…」みたいな表情になってたのがおかしかったです。
あと四郎がらみですと、寿庵の手下たちに混じって歌いだす小左衛門をはたいて引っ張り出すシーン(ここでひっぱたく時の上川さんの歯の食いしばりっぷりが好きだ(笑))、最近だと「しゃんとしなさい!」て感じで小左衛門のフードを直してあげてるところがむちゃくちゃツボでした(笑)。思うんですけど、「益田(含む渡辺)家の日常」とか見てみたいなあと…甚兵衛・四郎・お福・小左衛門が一緒に暮してたらさぞや四郎さんが振り回されてることだろう…。
「そちらの小さな瞳が充血した方は」だったかな?寿庵の振りには「ラビットのコザちゃんて呼ばれてます」とか返してたり、杖つき歩きのパントマイム+出てく時の台詞が「助さん!格さん!参りますよ!」だったり、あれ今日はネタがわかりやすいわ…とちょっと寂しく思ってたら(←毒されすぎ)、戻ってくるときの台詞「入浴シーンはまだですか!」で大方のお客を置き去りにしました(笑)。こうでなくちゃ(←毒されすぎ)。水戸黄門→由美かおるさんてことですのね(^^;)。

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