カテゴリー「シカネーダー」の18件の記事

シカネーダーのその後を考える

「Mozart!Mozart!」ってもちろん2002年から観てきたナンバーで、同じ位置でほぼ同じ振付で、当時からシカネーダーオタクはそらもう怖ェよ座長怖ェ、と呟いてきたものではあるんですけども。
なんだろうなあ、回を重ねたからなのか今年はそうなのか、はたまた最後の照明が明るいからか(^^;)はわからないけれども、当時から強烈だった初演も遥かに及ばないくらい、おっかない場面に育ったと思います「熱狂」。そこにはもちろんヴォルフの苦悶や絶望や、男爵夫人の哀しみやのしかかる群集の迫力といったもの全体の効果があるんですけども、シカネーダー中心で見ている自分からすると、ああもう本当に容赦ねえなアンタ、という驚嘆とか哀しさとか納得とか感動とか、そういうものが後から後から増量していく昨今です。かの興行師の、エンターテイナーだからこそ貪欲に執着して搾取してまだまだもっともっと、って奪いまくるモーツァルトの音楽への情熱が、けど全然それまでのヴォルフガングに対する情とか同朋意識とかと矛盾してないあたりがホント、らしいというか。

多分もっともっと、ヴォルフとオペラ作りたかっただろうなあ。「魔笛」でヴォルフと喜び合って、何やら叫びながら去っていくシカネーダー、「またやろうな!もう一回作ろうな!」って言っているようにいつも思えるのです(いや実際はもっと単純にヴォルフを誉めてたっぽいけど(笑))。

その後あの人はどうしたやら。こういうお話の背景やその後を、史実で脳内補完するというのもちょいと無粋ですが、あまりにも「らしい」エピソードをいくつか挙げてみると。

モーツァルトの死の4日後にシカネーダーは仲間を集めて追悼ミサを開いたとか。
シカネーダーはモーツァルトの死後、そらもう凄いペースでモーツァルトのオペラや音楽を上演しまくったとか(フィガロもドン・ジョバンニもドイツ語版にして(笑))。
死後、次第に神聖化されていくモーツァルトの「搾取者」として世間からめっさ叩かれたとか。
シカネーダー自身の葬式にはモーツァルトのレクイエムが演奏されたとか。
モーツァルト同様、十字架も墓石もなく共同墓地に葬られたとか。

あと詳しくはこの辺に。もっと詳しくはしつこいよーですが原研二氏の「シカネーダー」とか、ぜひに。ラスト泣いたー(T_T)。

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全部ぶっ壊して一から新しい作品を

2007年「Mozart!」までいよいよあと1ヶ月ちょい。

自分的には「2005年の楽レポを締めようと思ってるうちに2年経ってしまった」ぐらいな脳内カレンダーのずれっぷりで、ある意味昨日まで観てたような気もするし、またある意味えっらい久しぶりでもあるし、そしてそして新作を待つようなワクワク感もあるわけで。

そわそわと贔屓つながりの既存フェイバリッツをタナ卸し。

■シカネーダー~魔笛を書いた興行師~(原研二著)
ミュージカル観てから読むとエピソードのひとつひとつが面白さ倍増。もう「絵」が浮かんで踊りだしちゃうくらい鮮明なシカネーダー像が浮かんできます。遍歴楽士のキザっぷりにしても俳優としての華やかさにしても座長としてのアホさ派手さしたたかさにしても、マジ生まれ変わりなんじゃねえのと一生思っていくだろう舞台の上のかの人を(^^;)。

■マドモアゼル・モーツァルト
1996年の最終公演を思い出しつつ原作漫画を読む…って我ながら後ろ向きだがコレに関しては思い出がもう脊髄に刻みついてるからイイんだ(笑)。
当然かもですがシカネーダーという人物を知ったのがこの作品で、「…史実はよく分からないが最後に現れてこうもおいしい所を全部浚っていっていいものだろうか?」と思った当時の印象は今もあんまり崩れていないなー(笑)。

■アマデウス
ひさしぶりにDVDをみました。ああぁ三大オペラの隙間に割ってはいるシカネーダーのジングシュピール最強(笑)。展開のあほさといい恐れを知らぬパロディっぷりといい、やるだけやっといて最後だけは「世界ー平和ー」で締めちゃうあざとさといい(笑)。また、それに反応する客席の表現も最高だなあと。

…そんな過去を思い出しつつ未来にも思いを馳せてみる。

最近の贔屓のコメントからつらつら考えてしまうのが「ぶっ壊して作り直したらさてどんなキャラが出てくるかなあ」で(笑)。「ビン底メガネのマッドサイエンティスト調シカネーダー」とか「ヴォルフ同様Gパンに革ジャンとかで登場するシカネーダー(マジ見てえ)」とか「似非マジシャン化に拍車がかかってシルクハットから普通にヒヨコとか出てくるけど誰もつっこまないシカネーダー」とか。

…特に最初のやつはかなり鮮明に思い浮かんで今すげえ困ってます(爆)。こうヨレヨレの台本持って普段はフラフラしてるけど決め台詞の時は稲妻が走って急に叫び出してヴォルフにリアクションさせるんだ、きっと。

もう近頃は「ワタシがダレだかご存知か」って台詞のパターンを想像するだけで無限に脳内で遊べるワケですが(笑)。
なにが最大の喜びかってこの想像は全部当たらないって確信できることですね(笑)(笑)。

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シカネーダーの生まれ故郷(自称)

シカネーダーが3歳から住み、遍歴楽師としてさ迷いだすまでの間過ごした(らしい)レーゲンスブルク。本人は長じてずっと「レーゲンスブルク生まれ」を名乗っていたけれども実際生まれたのは前述の小さな町シュトラウビンク。クルト・ホノルカ氏は「幼少の頃のことは覚えていなかったからだろう」と解釈し、原研二氏は「その方が通りが良かったんだろう」と解く。どっちをとるかはかの興行師のキャラをどうとりたいかでおのおの決める方向で(笑)。とはいえこの街レーゲンスブルクは少年時代のシカネーダーが音楽学校通ってた(らしい)、合唱団で歌ってた(らしい)、それなりに勉強もできた(と本人は言っていたっぽい)、さらに長じてのちこの土地の領主と契約して一旗上げたものの女性問題でえらい目に遭って追い出された(史実)…等々、ネタ満載の土地であります。

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この街でもシカネーダー通りを発見。ええ、ここも普通でしたよ(もう諦めた)。出口のところにはカフェ・ウェーバーがあって、すぐ近くにモーツァルト通りがあったのが笑えましたが…なんというかやっとこさレーゲンスブルクまでくるとシカネーダーもモーツァルトも同じくらいの道ハバで落ち着くんだな、と思うと多少愉快でしたが。

通っていたというアルベルト・マグナス・ギムナジウム。
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学校のサイトには「ここ出身の著名人」としてちゃんとシカネーダーの名前がある…てことはホントに通ってたのか。いや、両親貧乏だったらしいし兄弟多かったらしいし「ギムナジウムで習得したラテン語」なんかを大人になってから披露していたという話はどうも見得っぽいなあと思っていたので…いや、根本的には教養あると思うけれどもこの方。

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長じて一座を率いる身となり、エレオノーレと(一旦)別れた後、シカネーダーは単身でレーゲンスブルクの劇場監督に就任します。劇場があったのはエギディエン広場というところだそうで、現在はふつうのロータリー。
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今のレーゲンスブルク劇場はこんな建物で、とても綺麗です。

同世代なら出てくるかもしれないけど、この街の名前から連想する言葉はやっぱり「わが心のレーゲンスブルク」ですよね…冗談抜きでこの街の橋、建物、町並み、通りの名前ホテルの名前はあの「オルフェウスの窓」の第一部の風景そのままだったりします。レーゲンスブルク音楽学校のモデルになったトゥルン・ウント・タクシス城をはじめ、あーこれユリウス歩いてたわこんな橋、とか教会、とか町並み、とか。

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中でもよく登場する「橋」はレーゲンスブルクを象徴する風景のひとつですから、もうそこらじゅうの絵はがきに出てくるわけですけども。

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橋そのものと、川の真ん中の中州が名おさんぽスポット。ひたすら歩きました。
シカネーダーはこの中州でも野外劇打ってたらしい(笑)。今ではみっしりと家が建っているけど、当時は特別桟敷を設けて、戦争スペクタクル「ハンス・ドリンガー」を派手に派手に…。

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シカネーダーの生まれ故郷(史実)

自称「レーゲンスブルク生まれ」のシカネーダーですが、出生届が出された実際の街はバイエルン州シュトラウビンク。レーゲンスブルクから東へ急行で一駅、特急なら止まらない…くらいの規模の街です。シカネーダーが生まれた界隈が「シカネーダー通り」と名づけられている、と聞いて街路地図やらサイトやらさんっざん調べた末ようやく発見。てっきり他の街と同様シカネーダーガッセとかシカネーダーシュトラーセとか言うのかと思い込んでたのが敗因で、実際はずばりEmanuel-Schikaneder-Strasseという通りでした。
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このとき世話になったドイツの市外地図検索サイトがこちら。次はもっと活用しよう(^^;)。
http://www.stadtplandienst.de/
で、行ってみた。
なんとなく想像してましたが…すごく普通でした(^^;)。閑静な佇まい、綺麗で大きな家の並ぶ住宅地。3歳くらいまでこの街に住んでたというが…この辺が出生地というのはホントだろうか200年前に住宅地があったとはとても思えない閑「静」さ(区画整理したのかもですが)。
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この道が出ている通りはパッサウとレーゲンスブルクをつなぐ幹線道路らしく車はぶんぶん通るんだけど…人がぜんぜん通らない(^^;)。まあまだ休暇中だからってのもあったのかもですが。
女の子が4人、王冠を被りマントとローブみたいのを着て家々のドアを叩いているのに行き会いました。一人は棒につけた星を持ってたから公現祭のカラミかな。東方の三博士が星に導かれて生まれたばかりのキリストを訪問した…というお祝いですね。しかしその子達以外は本当ーに数えるほどしか人に行き会わない(^^;)ひたすら歩いて街のほうに行ってみたら、中心部には名所らしいところもあって賑やかでした。
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本屋さんでそれっぽい本がないかチェック。どうやら、ないよ(苦笑)。「この街出身の著名人」みたいな絵葉書にもシカネーダーいなかったし。…それにしてもこちらの本屋はジャパニーズMANGAがどこも普通にたくさんありますね。犬夜叉やONE PIECEはわかるが「あずまんが大王」も平積みになってるんだなあ。…小学生がワンピを立ち読みしている絵面というのは日本もドイツも変わりません(笑)。

ちょっと有名らしいカフェで名物らしいアグネス・ベルナウアートルテというのを食べてみた。024
…大人になってから初めてバタークリームを美味いと思いました…。
このお店にはかの「ベルナウアリン」繋がりで興味を持って立ち寄ったのですが、あとで分かったことにはアグネスが処刑されたのがまさにこのシュトラウビンクなんだそうですね。シカネーダーも幼少時から親しんでいた物語だから積極的に上演したとこもあったんでしょうか。現在でもこの街では毎年「アグネス・ベルナウアー祭り」が行われ、アグネスの物語が演じられているそうです。

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シカネーダーとザルツブルク

■出会いの街
モーツァルトとシカネーダーが出会った街ザルツブルク。モーツァルト生誕250年フィーバーがまだ続いており…だったら冬季非公開のモーツァルテウムの魔笛の家も開けといてくださいよう(T_T)。
ミュージカル「Mozart!」好きとしては当然、例の居酒屋を探してしまいますね(笑)。「中世最古のレストラン」や「築500年の小さな館」とか「17世紀からあるオーストリア最大のビアホール」とか、それっぽい飲み処もあちこちにちらほら。
シカネーダーがここに巡業に来た1780年。ここで一座は「アグネス・ベルナウアリン」という作品を大ヒットさせます。タイトルロールのアグネス・ベルナウアーはバイエルンでは有名な悲劇のヒロインなんだそうで、平民の身でありながら大公と恋に落ちて結婚したけれど、別の娘との婚姻を望んでいた夫の父親の命令で、夫の留守中にドナウ川に落とされ処刑されてしまった…という15世紀の史実。この物語を元にして書かれた戯曲が「ベルナウアリン」。「大公に恨みを持つ副官の陰謀」というエンタテイメントに書き換えられてあちこちで上演され、シカネーダーも「これはいい」と思ったのか、初演から2週間経たないうちにザルツブルクでこれを打ったわけです…兵隊の衣装用に当地の御領主コロレド大司教から甲冑60着借りたという記録があるそうで(笑)。大公がシカネーダー、アグネスはエレオノーレが演じて大いに受け、悪役の副官役の人はザルツですっかり憎まれて街を歩けないくらいだったとか。
この公演はコロレド様も千秋楽まで足を運んだとのこと。もちろんシカネーダーからフリーパスをもらっていたモーツァルト一家もしばしば観劇したのではないかと…前にも書いたけど、絵的にめっちゃくちゃ楽しいですよね、このメンバーがシカネーダー一座の芝居を観てるとこ想像すると(笑)。ボックスまたがってヴォルフがコロレド挑発、猊下無視、パパ制止、アルコ怒り、姉隠れて笑い、座長が舞台から「うるせえよそこ!」と叫ぶ…みたいな(笑)。

■どこもかしこもモーツァルト
せっかくだからパパゲーノ像に挨拶して。
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新レジデンツで行われていたビバ・モーツァルト(1月7日まで)→(旧)レジデンツ→モーツァルトの生家→モーツァルトの住居(川を渡ったほう)と回る。モーツァルトの銅像前はスケート真っ盛りです。

大司教の居城である旧レジデンツがすごい面白かったです。まさに「ナイフフォークスプーンぴかっ!!」て感じの壮麗たるお屋敷なんですが、「自らもヴァイオリンを嗜んだコロレド大司教が、モーツァルトと合奏した」部屋眺めたり(またスゴイ「絵」を思い浮かべてしまったり(笑))、謁見室でも「ここでどっかの座長が堂々と『甲冑貸してください。』とか『興行延ばしたいんで許可してください。甲冑も貸しといてください。』とか交渉してたんだろうな」と想像したり。

モーツァルトの生家の展示の中ではシカネーダーは「Singers」の扱い(笑)。モーツァルトは歌手の音域に合うように作曲したんですよ、との説明とともに沢山の歌い手の小さな肖像が並んでいて、カテリーナ・カヴァリエリなんかと一緒にシカネーダーもいました。チェックしきれなかったけどきっと「魔笛」のベネディクト・シャックやアンナ・ゴットリープもいたことでしょう。

ザルツにおいてはシカネーダーがベルナウアリンで興行を打ったことよりも、モーツァルト一家の友人として射的に興じたりしたことの方が鮮やかに語られてますね(笑)。「後に共に『魔笛』を作ることになるシカネーダーともよくゲームをしました」と音声ガイドにあったのは嬉しかったなあ。射的のマトも何枚か飾ってありました…いちばん強烈なのはコレですけどね(^^;)。…コレを撃つのか?空気銃で?レオポルトやナンネールが??(^^;)

なかなかにアレな絵柄の多い射的のマト、ガイドにいわく「しばしば友だちをからかう(ただし傷つけることはない)絵柄のものが使われました。」とのこと。今回は見つけられませんでしたがクルト・ホノルカのシカネーダー伝の中で出てきたマトには「俺は誰とも長続きしないのさ!」と女の子くどいてるシカネーダーの後ろで「彼はきっと帰ってくるわ!」と前の彼女がうそぶく…なんてのもあり。これを打つわけだ。空気銃でヴォルフが。…面白すぎます。こういうのを集めた博物館とかどこかにないものですかね。

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シカネーダーとウィーン

シカネーダーの一座は何度かウィーンでも公演していますが、最も隆盛を極めたといえるのが「魔笛」直前の1789年、ヴィーデン劇場からアン・デア・ウィーン劇場にかけて活躍を重ねた10数年間なんだそうです。そこいらをまた年代逆順に追ってみました。

■シカネーダー城
ウィーン北のヌスドルフ。ここにかつてシカネーダー城と呼ばれていた館があります。
原研二氏の「シカネーダー」の表紙になってる「魔笛」の天井画のあるところ。50才過ぎていったん隠退しかかった(すぐ戻ったけど)シカネーダーが買い取って改築した屋敷で、その後わりとすぐ人手に渡り、20世紀になって作曲家レハールが買い取ったので普通はレハール城と呼ばれてるみたいですね。
「シカネーダー」の中の写真ではけっこうゴージャスなお屋敷ですが、あれは中庭側から撮られていたのかな。道に面したほうは現在は派手目に塗られて、こんな感じです。_044


真ん中に「レハール城」ちいさく「シカネーダー城」と書いてあって、左にレハール、右にシカネーダーのレリーフが飾ってあります。


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しかし「館」全体としては道のこっち側から見るととっても普通だ(^^;)。…それでも今回の旅でそれなりにレリーフなり名前なりを刻んであるのを見れたのはここだけだったりする(^^;)。中は普通に事務所や住居に使ってるみたいで、見学もできそうになかったので(ていうか外にも中にも人っ子一人いる気配ないんだよ…)、
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大使館などがあるその辺りの閑静な佇まいや川辺を少し歩いて、市内へ戻りました。

■せっかくだから
アン・デア・ウィーンも通ってみた。ウィーンミュージカル観にいく人たちにはおなじみですね。現在では使われていない旧・正門の上にパパゲーノと三人の童子がいます。_051

アン・デア・ウィーンは当時「劇場そのものに入場料取りゃいいのに」と評されたくらい豪華な劇場だったみたいで。エリザ観たときに一度だけ入ったけど(今の建物は復元版なのだそうですが)、縦にどどーん!!と何層も重なった客席、当時の着飾った人々が並ぶ様はさらに絢爛たるものだったんでしょうね。
「魔笛」が初演された劇場、シカネーダーがアン・デア・ウィーンを建てる前にずっと活躍していたフライハウス(ヴィーデン劇場)は、川(いまは市場)を挟んで反対側にあったそうです。新劇場を立てる時は日を決めて建築現場をショー仕立てに見せたりもして、フライハウス一丸となって宣伝しまくったそうで…楽しかったろうなあ。

■シカネーダー通り
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これも旧フライハウス地域の近くにあったので行ってみました。シュトラーセじゃなくてガッセです。ふっつーの道だけれども通り抜けてみたらこおいう店が(笑)。_053

見つけた瞬間「ここかあ!」と叫んでしまいました…いや、ドイツのサイトを「Schikaneder」で検索すると必ずここが先に見つかるもんで、なんなのこれライブハウスなの劇場なのお店なの?と長年謎に思っていたもので。結論からすると映画館が主で、いろいろやってるのかな。

■ミヒャエル教会
モーツァルトが亡くなった頃はヨーゼフ二世のお達しで、葬儀・埋葬はごくごく簡素に行われた、というのはよく知られていることですが、ここが19世紀は拡大解釈されて、「天才モーツァルトは惨めに葬られた」的なイメージが強調されすぎていたのだそうです。
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ごく最近わかったことで、実際にはここミヒャエル教会でシカネーダーの依頼で友人たちによる追悼ミサが行われていたのだそう。知られている限りこれがモーツァルトの最初の追悼ミサで、「翌年プラハでミサが行われるまではちゃんとした葬儀もなかった」という19世紀説はやっぱり誇張だったんでないの、と言われています。

■ウィーン他さまざま
何かあるかなと思って立ち寄った演劇博物館。サケッティの舞台装飾のミニチュアや「魔笛」系の資料少し、ハンスヴルストの版画など、ちょっと縁がなくもない展示物はありましたが概ね純粋に「演劇史」という感じで、1800年前後に限っていうとあまり資料はなかったなあ。
あと最近、復元されたというモーツァルトの住居(ウィーンで住んだ中でいちばん広かった家)に行ってきました。この後回るモーツァルト系の資料館に通していえることだけど、展示物はそんなに多くないけど日本語ガイドがとても詳しくて面白く…そして長い(^^;)。ここのガイド内容で興味深かったのは「魔笛」のモノスタトスのモデルになったと言われているムーア人のエピソード。あと、「フィガロの結婚」はウィーンで一回、皇帝陛下に上演を禁じられてその後ダ・ポンテが上演にこぎつけるまで苦労した、という…いやこのエピソード自体はメジャーなんだろうけど「その上演中止にされたプロデューサーがシカネーダーなんだよう」と一人心で呟くんだった(^^;)。この辺の「フィガロ」にからむ「シカネーダー」の記述はむっちゃくちゃ面白いです。…それにしてもこの博物館、「フィガロ」や「ドン・ジョバンニ」は際限なく詳く教えてくれるのに最後の「魔笛」のコーナーまで来ると急に音声ガイドがなくなるですよ(T_T)…絶対今まだ作ってるんだよ…次ウィーン行くときに雪辱戦せねばなりますまい。いつだ(T_T)。

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シカネーダー終焉の地

精神的豪遊ツアーから帰ってきました。明日からはたらくぞー。おー。(←カラ元気)
つらつらと旅レポートなぞ。まずはウィーンから。

■旧・ヴェーリンガー墓地
狙ったわけではないけれど妙に老→若の順に辿ることとなった今回の旅路、基点はいきなりお墓参りからとなりました。
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1812年9月21日に没したシカネーダーが葬られたのがここ、現在のシューベルト公園の場所にかつてあった共同墓地。区画整理で公園になって、同じ地に葬られていた著名人(シューベルトやベートーベン)はきちんと中央墓地にお墓を移されたそう…だけどシカネーダーの眠る地はそのままなんだろうな。記念碑なんかも当然、楽聖さまたちのものしかなく、ワニやキリンの遊具、犬の散歩スペースに芝生、と、普通の近所の憩いの広場になってました。遊び場の下に眠っているというあたり、まあ、らしいっちゃあらしいか。この際もっと賑々しく、プラター公園やアン・デア・ウィーンの地下に骨を埋めたかったかも座長。

■終の棲家
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終焉の地、フロリアニガッセ10番。
まあいくら古っぽくてもこの建物自体は戦後のものだろうなあ。通りを歩いて抜けてみたところ、普通の市街地でした(そりゃそうだ)。
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晩年のシカネーダーは戦争に伴うインフレで財産をすっかり無くしており(いやその前にも劇場やらお城やら、お金はスポンサーのも自分のも使いまくったんだろうけれども)。地方で公演を打とうとするも錯乱して舞台を叩き壊させ、そのまま病んで(アルツハイマーと推定されています)ここ、ウィーンのフロリアニガッセ(U6のJOSEFSTADTER STRASSE駅の近く)のアパートの一室で亡くなりました。記録上の死因は「神経衰弱」。貧困のうちの死ではあったものの、かつての劇場主のためアン・デア・ウィーンでは30日(魔笛の初演の記念日)に劇団葬が挙げられ、モーツァルトのレクイエムが演奏されたのだそうです。
最期を看取った奥さんのエレオノーレはこの旦那さんにある意味すごく相応しく波乱に富んだ人生だったようです。ショップフ一座で半年年下のシカネーダーと出会い結婚…したけれど2年後にはシカネーダーは少なくとも2人の女性に子供を生ませているそうな(^^;)。度重なる旦那の浮気の中、エレオノーレはシカネーダーの盟友ヨハン・フリーデルと駆け落ちしてしまいます。そのフリーデルという文学青年はしばらくエレオノーレと共に別の一座を切り盛りしますがウィーンのフライハウスを手に入れた後、38歳で夭逝。相続人となったエレオノーレは、レーゲンスブルクでまた女性問題起こして困ったことになっていた(^^;)元旦那をフライハウスに迎え(それが1789年「パリに革命が…」の年だ辻褄合うなあ(笑))、その後はシカネーダーの成功と失墜の人生に最期まで付き合ったとのこと。悲劇のヒロイン役からコミカルな女将さんの役までこなす、旦那同様、多彩な女優さんだったんだそうです。…いやホントにこのエレオノーレとエマヌエルとヨハン・フリーデルの話というのはドラマ仕立てにしたら実にイケるネタが満載なんじゃないかと…誰か舞台化しませんか。

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シカネーダーツアーを決行してみた

テーマ「暗い日曜日のモデルのレストラン+観劇(M)+観劇(E)+観劇(L)+観劇(V)」で周遊した(^^;)2004年春からほぼ3年ぶりのヨーロッパ。
今回のテーマはシンプルに「シカネーダーゆかりの地を巡ってみよう」。なんせ南ドイツとオーストリアを中心にあらゆる街を旅から旅へ…の方なので代表的なところだけ、ウィーン→ザルツブルク→レーゲンスブルク&シュトラウビンクと。今日はレーゲンスブルクに泊まってまして、明後日帰る予定です。

電車か歩きであっちこっち。自分的には長年行ってみたかった場所ばかり、「ホントにあるんだもんな…」の連続でものすっごい楽しいですが正直これ心の底から地味なのでお勧めできません(^^;)。「ごく普通の通り」とか「ごくごく普通の街並み」とかをてくてく歩きつつ「ここが200年前はああだったこうだった」と想いを馳せるのはすっごい面白いんですが…いやーウィーンといいザルツといい生誕地シュトラウビンク(今日行ってきた)といい、マジでほっとんど記念碑のひとつもないんだわシカネーダー。モーツァルトと比べるのが間違ってるけど座長、あんなに派手に生きたのに地元にネタがなさすぎる(^^;)。モーツァルト系の博物館資料館どっさりあるんだから一部屋くらい座長特集組みましょうよヴォルフ生誕250年(終わってるし)。

というわけでこれ以降断続的にこのシカネーダーツアーで歩いたところを追って行きたいと思います。写真も少し。アップに時間かかるから帰ってからになりますけども。
…とか思いつつ部屋の電話線と悪戦苦闘した末わかったことには、今日の宿は10ユーロで無線LANが使えるホットスポットだった(^^;)。「オルフェウスの窓」でベルンハルト・ショルツ先生が泊まった(爆笑。パッと分かる方いらっしゃいます?!)由緒正しきホテル・マクシミリアン、調度はクラシックながら設備は行き届いてます。今回でいちばん高いんだ今日の宿ー(^^;)。

そーして行く先々で2007年「Mozart!」の告知まだかとチェックしてる自分がなさけない(爆)。

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Schwarz

夏から書いてた論文はひとくぎり。発表もそこそこいい線いって賞品にノートパソコンを頂きました…………どうしよう、これ。
仕事のマシンがかなり限界来てるのでそれに替えようかと一瞬思ったけど、TVチューナーやらDVDやらとってもエンターテイメントなほうの機能の充実したPC(しかも重い)だったため、こりゃ家庭用だなと。入手過程が過程だけに、社内でエライ人に会うごとに「パソコンどう?」と聞かれるので(^^;)、とても売ったり譲ったりできない…もうTVのほうを売ってこれに替えるかなー。キレイだな今どきの液晶はー。

そんなわけで今月は心置きなく博多「Mozart!」全力疾走期間に認定。いえシゴトが忙しいとか忙しくないとか関係ないですけどね。

本日発売のレプリークBisの吉野さんのシカネーダー考にまた震えるほど感動していたりする今宵…やっぱしプロデューサー根性っていうか、自分のやりたいことへの打算あってのシカネーダーだと思うのです。友情と打算両方持ってるけど矛盾しないクレイジーさ加減、それで付き合ってきたからかえって上手く行ったんだろうなあヴォルフガングと、としみじみ思います。無責任さの波長が合うっていうのかな(^^;)。
…しかし「(ヴォルフに)息抜きをさせて」にはさすがにゾクっとしました(笑)。もとから「友だち甲斐」って、見ようによってはむちゃくちゃブラックな場面ですが、シカネーダーの「計算高さ」なんてものまでエッセンスに加えたらさらに黒い黒い。アマデが煩がるだけで別段怒らない理由もよくわかるよなー…。

それにしても白地に舞台写真のレイアウト、写真ワキにちょこちょこいる吉野さんの唐突感はいつもの犬のイラストカットっぽいな(笑)。…犬でもよかったんじゃないかな絵的には(これでもファンだー)。

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忙しい時に

現実逃避アイテムを手に入れてしまうと、罪悪感に苛まれつつものめりこんでしまうのですが…

今、逃げ込んでるのはいうまでもなく「逆転裁判2」なんですが…

「あぁぁ書きものしなきゃ、でも次の章の冒頭だけ」と思って手をつけた第三章で出てきたキャラが

シルクハット!
ウェーブの長髪!
芸人!
しかもマジシャン!
有体に言ってイカサマ師!
実はイナカ出身(笑)!!

…なんか、「やるべきことはなんですか?」とせかされた気がして(爆)「ごめんなさい」とつぶやいていそいそと書き物に戻る自分だった(^^;)。
しかし、ずっと考えてた「『逆裁』シリーズであの人に似合うキャラって誰だろう」ってテーマの答えが今、出たわ…。

御剣はジャベールキャラがいいな…今拓哉さんとか…
…ナルホドは幸村吉也さんなんかどうだろう…いいこと言ったな、私…。

…てーか逆裁2、一度始めたら伏線が気になりすぎて決して終われません(T_T)(T_T)あまりの思わせぶりに「だからミツルギは!!ミツルギはどうなったの!!!」と叫び続けてはや中盤(T_T)

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