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マンダレイ2018

2018年「レベッカ」プレビューの感想なぞ今頃。
溜め込んじゃったので長い。

★★★ ネタバレです。★★★

「こういうのを求めていた」というMy初日でした。
うん初演の「頭上から審問会」とか再演の「動く板から出現波はとっても穏やかだ」とかノスタルジー止まらないし、今回も課題というかオタク的なツッコミはそりゃちょいちょいありますが、要というか大事なものに届いてくれたというか、やっと「レベッカ」を観た感じ。

レベッカは生きている。ここにいる。

そのこころはいろいろあるけど、主にマキシム。マキシムで全部変わった。
モンテカルロ時点で「うおっ」と思った。そのまま一幕通して「おぉ」「おぉ…」「いいじゃん……」とうなり続けて、ラストの演出変更(パーティから出て行かないで苦悩の表情で蹲ってEND」で大拍手。それだよ。これだよレベッカ。
マキシムが、すごくいい意味で、ものすっごく弱い。弱さ、傷、影、暗さ、孤独、からの「希望」というか。「彼女の愛にかけてみようとした」っていう、レベッカが作り上げた暗闇にとらわれてる人の、疑問符でこりかたまった希望のありかた。

なので「わたし」の傷つきっぷりもガンガン来る。平野Ver桜井Verを観ましたがそれぞれすごくよかった。序盤の萎縮しまくってる子供っぽさや自信のなさ、「そんな幸福が自分に訪れるわけがない」っていう思い込みと、それ前提の真ごころと愛情。モンテカルロでスケッチする彼女を見ながらマキシムが歌う曲とか、再演でこれ追加された時は超蛇足だと思ってましたが(すいません)、今はあれがマキシムの「よくわからない傷」を抱えたまま歌う歌、としてすごく自然。彼の表面の「希望」だけが見えて、じゃあなんでそんな暗いの彼は?っていう謎はちゃんと謎のままっていう。

そこへ満を持してダンヴァース夫人、なんの不安もなかったけど知寿さん最強だし涼風さん妖怪だし(誉めてんの全身で誉めてんのこれ。よくぞ作って下さった)。
周りがまた見事にかみあって絡まって物語が一気に流れていく…あぁぁ嬉しい。面白い。

次、観るのは大阪なんで先ですが、クリエで一ヶ月あるのが嬉しくてしゃーない。たぶんまたTwitter中心になると思いますが、長くなったらこちらにも書いて行きたいと思います。

以下雑感(まあこっちが長くなるよね(笑))

■マンダレイさまざま
マンダレイ到着からの流れ、とにかく大GJと叫びたいのがフランクがうさんくさくなったこと(言い方)。「ようこそミセスドウィンター、わからないことがありましたら」って彼女の眼をまっすぐ見て笑顔で語りかけるフランクはもういない。あくまで事務的。ここでフランクが優しくてマンダレイの恐ろしさとかわたしの気後れとかが相殺されちゃうのが前はすごく惜しかったので、この流れは今回のほうが好きです。
「フランクを呼び捨てにする」ということのニュアンスが「親友だから気さくに」じゃなく「女主人として動きなさい」になったように見えたのもちょっとドキッとした。マキシムが個人でなく「マンダレイのあるじ」として動く最初のしぐさに見える。
そんな心理状態だからカトレアの曲からのダンヴァースとのやりとりでもドキドキが深いものになるし、そこへ入ってくるジャイルズ夫妻が「はい息吸ってー!」ってやっと巡ってきた休憩タイムのごとくホッとさせてくれる(笑)。ベアトリスたちの気さくさ、「変人だけど仲良くね」ってさらっと彼女を受け入れてくれる、「長いつきあいになるわよ、お互いいろいろあるけど努力しましょう」っていうのが救いになる。

■フランクの話
原作のフランクの複雑さ、レベッカへの愛憎とかマキシムへの友情と罪悪感とかそういうものの混沌、大好きなんですが、それミュージカルの尺で表現したらタイトルが「フランク」になってしまうので(面白そうだが)。ミュージカルの「この人もなんかあるんだな…あるんだな…答え合わせはないんかい」という立ち位置も納得というか、やっぱ面白い役だよねフランク。「そして何より信頼できる、傲慢なところなどかけらもないひと」という歌い上げに、よくもまあそんなに詰め込めるなというニュアンスをこめ(詰めすぎちゃうのも禅さん)、明るい賛歌をみごとな「もういない彼女への罵倒」に貶める。やあ面白い面白い。

■カトレアとナイトガウン
カトレアの鉢が以前はすごい大きかったんだけど、あのサイズになってよかったと思います。以前は模様替えで「あのカトレアを片付ける」っていうところでメイドとダンヴァースに緊張感が走ってたんだけど、今回はその役割が「あのナイトガウン」に変わっていて納得と大笑い。いやナイトガウン仕事しすぎでしょ(笑)(笑)。
模様替えのシーンもすごくよくなった。「そこの鉢は片付けて」「窓はちゃんと開けて」を受けて動いてくれるメイドたちがいる、っていう流れがとても自然。
プロローグとエピローグのあれもカトレアなんだ?(わかってない)。これは舞台奥のレベッカの肖像画と同様、ちょっと感想は保留。今のとこ、特にラストのあれはちょっと冗長だよなーと思います。「過去の人物」たちの現れ方がとても好きなので、花?なに?って気を取られるのがもったいないってのもある。この印象が反転することを祈る。ごめん、今は心からいらない、あれ。がんばるところそこじゃねえよ火事のフィニッシュどーなのあれ(保留保留保留)。

■周囲の人々
「周りが真ん中を作るんだよ」はとある殺陣の先生の台詞だそうですが、これは本当で。今回すごくいいなあと思ったのがホテルでの「周囲の人々」、マンダレイでの「使用人たち」、パーティに呼ばれる「貴族たち」。礼儀正しく遠巻きに、そこそこ親切だけど、明るくて詮索好きで無責任、好奇心でいっぱい。これがお客の目線にすごくなじむというか、共感させられるというか。「その他大勢の感覚としてはこうですよ」「ですよねー!!!」っていう座りのよさ。貴族のゴルフの歌とか全面改訂されてたし、ホテルの「見たか!」「まさか!」の流れとかめっちゃ動線よくできてるし、この辺の作りこみ相当力が入ってるなあと(正しい。火事もめっさ振付よくできてたのでフィニッシュのあれが実に惜しい。まだ言う)。
ヴァン・ホッパーさんは「いくらなんでもアメリカの人が怒るぞ」感は今回が最高峰ですね。キャラとしてはより原作ライクになって、ある意味違和感ないんだけど(笑)。ただミュージカルのヴァン・ホッパー夫人は、それでも「わたし」がパーティに呼ぶただ一人の、知り合い以上身内未満の存在ではあるんだね、っていう「情」というか「あっこの人なりにこの子に責任を感じてんだな」感も大事なんじゃないかと思うので、その辺が見えればいいなーと思います。

■ファヴェルの話
どうしようもなく俗物。生きるのが好き。自分が好き。お金が好き。面白いことが好き。人の不幸は面白いから好き。たぶんこいつのそういうとこレベッカとは合わせ鏡なんだろうなと思われる。魅力的で最ッ低(笑)。原作のダニーはそういうファヴェル(レベッカを思い出させてくれるとこ)に親愛を持ってたけど、涼風ダニーの身内感覚見てるとその辺が重なる。かつてのシルビアや今回の知寿さんのスーパー塩対応もあれはあれで納得ですが(笑)。「あの方にとって男性は」の後でダニーを睨みつけるファヴェル、ここはダニーのキャラと動線によってぜんぜん変わってくるから要チェックですよね強請屋ウォッチャーの皆さん。
ファヴェルはお金が好きだけど、お金によって得られる快楽が好きなんであって、銀行の残高が上がっていくのが楽しいっていうタイプじゃないんだよね。「もちつもたれつ」ってそういう歌だなーと思ったりする。
しかし今回「ファヴェール」って発音してもらうのやめたのかなー。あれ好きだったんだけど(マキシムだけは初演から一貫して「ファヴェル」だったけども)。

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生きているレベッカ

ポメラに書き残しネタ残ってたのでアップ。「レベッカ」公演中に原作を読んで思ったこと。ネタバレです。

「レベッカ」原作を読み返してあらためてツボだったのが、亡きレベッカを語る男性陣の言葉の根底に流れてる、レベッカに対する動かしがたい賞賛のニュアンスだったりします。ダンヴァース夫人と違って、レベッカに苦しめられあざ笑われてきた面々が、その思い出が黒かろうと白かろうと、鮮やかに彼女の強烈な印象を思い返しているあたり。

「わたし」は「マキシムはレベッカを愛していなかった」と悟るし、マキシムは確かにレベッカに苦しめられて憎み続けていたわけだけども。それでも、というか、それだからというか、「ボッティチェリの描く少年みたいに見えた」とか「(レベッカの嘘は)最後の、見事な虚勢だった」といった台詞に、鮮やかにこの世を去っていったレベッカをまぶしく思い出してる、そんな感触があります。フランクも原作だと、おそらくレベッカを愛していた、それ故にものすごく苦しんできたわけで、「わたし」に対するフランクの親切さよりも、レベッカが「美しい方でした」と言い切る場面のほうにピントを合わせると、フランクの記憶にある複雑で鮮やかで残酷なレベッカが印象に刺さってきます。

原作のファヴェルはまた実にヤなおっさんであり、一貫して打算で動いてるわけなんですが。彼にしても、ひとつレベッカの記憶、レベッカとの光景においては一つの、なんかこう真実っぽい区画があると思います。印象的な台詞が、レベッカが溺れて死んだと思っていた、という流れでの「彼女らしく、たたかいながら死んだのだ」という言葉で。ファヴェルがレベッカに対して、マキシムが「わたし」を愛するような愛情を感じていたとは思いませんが、なんつうか同じ空気を吸って吐いて、死を悼むとかじゃない、別の次元で、レベッカとの繋がりがあったんだろうなあと。余談ですが原作でダニーが語る、子供時代のレベッカとファヴェルが御者台の上でつかみ合いの大ゲンカ、というエピソードも今読むとかなりツボだ。

このへんのニュアンスはわりと舞台のファヴェルにも流れてたと思うんですよね(原作で役作りされてるとは思わないんですが、結果的に(笑))。だから審問会が好きなんだな…「ヨットは意図的に沈められたものである」のあたり、公演序盤は、起こったことを悟った様子でマキシムを刺すように見やっていたファヴェルですけど、天を仰ぐ仕草でちょっとその場から隔絶して、何かに心を飛ばしているような立ち姿になってたわけで。同じ「なにが起こったかを完全に察した」であっても、マキシムよりもむしろあの一瞬だけは、その嵐の夜のレベッカを思っていたように見えるわけで。この辺の解釈は完全に人それぞれですけれども。

ミュージカル「レベッカ」再々演ががあるのかないのかわかりませんが、次回に期待するのはこの「生きているレベッカ」がどこまで表現されるか(ダニーだけに頼らず(笑))というところ。二幕あたまの「わたし」がなぜあんなに追い詰められていたのか、彼女を打ちのめしたのは「ドレスのことで恥かいた」じゃなくて「マキシムはレベッカを愛している」だったはずで、それは一幕の誰のどういう言葉で仕草で表情で醸されていったものなのか。今期、見えたり見えなかったりしていたこれらのことが、余さず表現されるいつかの「レベッカ」であったらいいなあと思います。

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大楽

「レベッカ」大阪楽観てきました。

三ヵ月半、コツコツ質の高い舞台を作ってきたカンパニーにふさわしい、素敵な千秋楽でございました。

初演の千秋楽はハイテンションのミスタドウィンターが、抱きついてきた「わたし」をリトルコゼット並の回転数ぶん回し、さらにその後のヴァン・ホッパー夫人とのやりとりで客席を爆笑の渦に叩き落したあと丸投げ…もとい、寿さんに後を託して颯爽と退場して行った、という実にマキシマムなエピソードがありましたが(笑)、今回はそんなことなくて、「ミセス・ヴァン・ホッパーの突進テンション二倍増し」という実にバランスのとれた千秋楽モード。アメリカン・ウーマンも盛り上がったし、よかったよかった。(別の某曲の手拍子にはノォォコメントォォ←初演以上のトラウマらしい)

フィナーレが歌いきられた瞬間は感無量。ちひろちゃんお疲れ!みなさん本当ーーにお疲れ様!と心で叫びつつバキバキ拍手してました。エンディングのクライマックス手前で最高のニヤリ笑い入れてきた贔屓にもブラボーブラボー。
カテコ挨拶によれば日常に帰っていくシルビアのご自宅には夏に向けてスタンバってる暗殺者がいるらしいですが(笑)一度黒い人夫婦で並んで写真撮って欲しい。

キャストもスタッフもあらゆる人ががんばった。
…考えてみるとファヴェルの中の人は三ヵ月半といいつつ考えてみたら二月ナカからずっと芝居してるわけだが(^^;)。次のも公開は8月だけど演鑑初日まで一ヶ月切ってるもんなー。おつかれさま。今日のフィニッシュはソファの上の空中で止まって見えたよゴイス。

とにもかくにも三ヵ月半、楽しかったです。本当にお疲れ様でした。

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大前楽

「レベッカ」前楽を観てまいりました。

涼風ダニー楽。ひさびさに一階後方での観劇でしたがやっぱ梅芸見やすいなあ。
オープニングラストでニヤリとイヤな笑い方するファヴェルがちゃんと見えたり、ゴルフメンバーの取りざたおしゃべりがちゃんと聞こえたり、正面顔のダニーがすさまじく美しかったりでいろいろと堪能しました。うーんやっぱ大阪いいなあここで一か月過ごしたかったとこもあるなあ…来週も再来週も出張で来るんだけどなんでやってないかなー(^^;)。

グッと来たポイントはいろいろでしたが、二幕、人形が壊される場面で、思いっきりよくがっしゃん!と壊れたキューピッドのかけらがダンヴァースの足元まで飛んできたところ。それをその場で拾い上げてぎゅっと握りしめて「あの方はここにいる!」のハモりに入っていくダニーには震えが走りました。最後にかけらを拾い上げてほほに押し当てるところ、最初は苦手だったのだけど今は大好きになりました。素直で正直で愛も憎悪もぜんぜん隠さない、涼風ダニーらしい仕草だなあと。

前後しますけども一幕のファヴェルとのやりとりもホント好きだった…軽い軽い「一番の恋人」へのダニーの率直な拒否反応が可愛くて、怒られ叱られつつのファヴェルの「はいはい」だったり「えぇぇー」だったりの流れもこう…、独特の絆とか(この二人にあんまり綺麗な言葉は当てはまらないんだけど)…超、語弊があるんだけど親愛、が感じられて大好きでした。当初「うっわダンヴァース夫人がファヴェルを眼中に入れたよ!」だけでカルチャーショックだった涼風ダニー、シルビアとは全く違う文化を与えてくれたこと本当にありがとう…ええズレた感謝してますとも。

カーテンコールではすっきり背を伸ばして「ダンヴァースとして終わりたいのでございます!」と宣言、あのキャラで通そうとしてところどころ失敗しておられましたが(黒ドレス後ずさりが大好きだ(笑))、右と左に背高スーツを従えてキラキラした目で立つ姿は実に綺麗でした。

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梅田のレベッカ2

先週末も「レベッカ」観てきたので今頃ですが書きそびれネタを。

大阪でそれぞれ新鮮な感動を与えてくれたのが両ダンヴァース夫人。舞台が近くなったせいもあるのかもですがそれぞれの表現がビシバシ突き刺さってきて改めてすっげーと思いました。
シルビアはよりクールにナチュラルに…ツヤ消しの黒っていうのか、てらてら光るんじゃない深い美しい黒色のイメージでした。利己心を感じさせない、ダンヴァースとしての正義を通してる一途さとか献身が伝わってきて、ああダニーって人は迷いのない美しい人だなーと(あんな意地悪してるのに(^^;))。
涼風さんはまた涼風さん方向に二倍増しでこれまた嬉しかった(^^)彼女のダニーは利己的だからこそ美しいというか、愛情も憎しみもなぁぁんも隠さない正直な悪意がすばらしいなーと。カトレアも大好きですが最近は一幕のレベッカPART1の「生まれながらの女王~!!」の気合と曲終わりで顎をカッ…と上げて浮かべる恍惚の表情がツボでしゃーない。
梅芸はスポットライトが集まる場面で、ライトが針のように細いのですけど、終盤で一人歌い上げるダンヴァース夫人の孤独感がすさまじく、両ダンヴァースともこの場面の哀しさは必見でございます(なぜ宣伝口調)。

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梅田のレベッカ

「レベッカ」大阪初日観てきました。

ちょくちょく大阪行ってたものの茶屋町が久しぶりでちょっと楽しかった。あの界隈はじぶんが人生でもっともくるっていた…もといくるいはじめた時期を髣髴とさせるので(97年シーソーとかDreamとかfemaleとか思い出しただけで赤面して走り出しそうになる極めつけBORNなッッ)、あのへん歩くだけで半分高揚、半分いたたまれない気分になります(笑)。

帝劇で通ったお芝居から梅田に場所を移してみたのはたぶん「SHIROH」以来なんですが、やっぱり当時と同じく

①よく見える
②よく聞こえる
③いろいろ目に入る

あたり印象に残りました。帝劇は舞台がずっと遠いのと、なんか空気か照明かが違うのかな?で、クリアだけど遠い、っていう不思議な見え方なんですが、中日や梅芸はぐっと近くて「見やすい」かつ「見えちゃう」、ていう感じで。ファヴェル登場なんか帝劇だったら「あ…何か鏡台をごそごそしてるのかな…?」だったのが今回「あ、なんか盗んでる人がいる」ってなる程度には最初から明るいし(笑)。

面白いのがセット同士が近いこと。カーテンコールとかマンダレイの3ピースの真ん中が抜けてかわりに額縁、という構成になってましたし、帝劇より幅がかなり狭くなってるのかな。ダンヴァース夫人にしてもファヴェルにしても、舞台の端から端まで歩きながら歌うとか喋るとかが多いので、ちょっと移動時間に余裕ができて(笑)そこにちょっとした目混ぜや仕草が生まれてくるのが面白いです。人同士の間隔もなんか落ち着くし、ちょっとクリエの頃の距離感を思い出して懐かしいとこもありました。このサイズがもしかして合ってるのかも。

壁にしても床にしても照明が今回あちこち変わっていたようですが、嬉しかったのが「流れ着いたもの」。全体の照明がぐっと暗くなって霧の海岸の暗さ覚束なさが迫ってくる感じ。中心人物だけスポットが当たるんですが「わたし」の周りに群集が集まる、その群集がはけるとファヴェル…というところ、中心の「わたし」だけに強いスポットが下から当たっている絵がすごいカッコイイ。初見なら完全にファヴェルが暗闇にまぎれてたのが、フッ…と現れる、やあもう最高の不吉さ加減(笑)。前述のように人と人の間隔も狭いので全体の絵も決まるし。

ああ楽しい。大阪はほとんど観らんないのですが、ラストスパート隅から隅まで楽しみたいと思います。

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前楽

すごいなあもう二ヶ月経っちゃった帝劇「レベッカ」本日前楽。

一足先に楽を迎えたダンヴァース夫人への鳴り止まぬ拍手を浴びながら、大阪のマンダレイでメイド服でお迎えします宣言でスパーンと笑いとって笑顔で手を振ったシルビアに心からの喝采を。そして列に戻ってからわざわざ傍らの人たちに「メイド服ですから」と言い直す力強さに思いっきりのエールを(笑)。余談ですが先日、メイド検定3級持ってる会社の後輩(これだけでネタだが)と観たらその子はマンダレイのメイド服の構造に感銘を受けてエプロン貼り付いてるの便利ですねあれ、と素朴に呟いてました。いや衣装だからね。

シルビアダニーで一番好きな場面のひとつが模様替えの後のデュエットなんですが、あそこでの人形の「いけません!」からのくだりがもう、大好きで。今日もウルッときました。ここまでの攻守が逆転して、強大なる「わたし」に対峙するダンヴァースからヒロインオーラが出ちゃう…という見え方が正しいのかは置いといて、「負けない 譲らない」についつい「そうだ負けるなーっ」と叫んでしまう、あの戦うダニーのまっすぐさ美しさはやっぱりゆるぎないなあと(まあお話の見方としてはずれてしまった自覚はあるんですが(^^;))。

別に楽とか関係なく毎回スイッチ入っている贔屓は今日はなんだーかんだーが凄かったな(意味不明)。しかし「証拠としては弱い」に対する直立不動の手紙フッ!は初見の時が一番イイ感じにはためいてたんだよなー手紙(さらに意味不明)。しっかし五月に入ってから「流れ着いたもの」の壁の動きが遅くてーっせっかく二階から観てもインパクトが半減だよあれ頼むよ大阪ー(さらに以下略)。

明日は午後半休につきもう寝ます。すっかり書きそびれてますがベンがまたすごくいいなー。

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東京トークショー2

「レベッカ」帝劇でのトークショー2回目。

3人は前回と同じ。ただしダニーが涼風さん、進行が山田さん、と、中心であるお二方がチェンジ。
…危惧もとい期待した通り、実に独特の「間」と「空気」を味わえる不思議空間でした(笑)。てーかほぼ不条理劇だよアレ(笑)。ダンヴァースキャラを維持したりしそこなったりしている涼風さんの独特なリズム、そら独特なのはわかるがせっかくのダニー、キャラもタイミングの唐突さも超面白いのにノーツッコミで淡々と進行していく低音ボイス山田さんのとりあわなさはいっそ芸術。
そしてその二人に挟まれて今日は大人シクシテマスヨモードに入った贔屓がまた笑うこと(笑)。

トークネタで面白かったのは禅さんが出してきた話題で、落とした手袋を拾うダンヴァース夫人は「わたし」をひたっと睨みすえてるので、下ろした手が手袋の場所とずれてて、あのポーズのままちょっと手が手袋探してさまよった…的なジェスチャー(笑)。それがあったんで最近は手袋もちゃんと見てるそうだダニー。

くじ引きでは先週ファヴェルにけしかけられたせいで「にせんじゅーねん」と読み上げていたたまれないことになったちーちゃんが「ふつうに読みますから」宣言。ある意味強烈なジャブだなあれ、と思って息を詰めて見守った結果、贔屓の笑い崩れ「…帝国劇場…」を目にするに至ったんだった。

うーん、前回とは全く違う意味で面白かった(笑)。

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東京トークショー

「レベッカ」今日はトークショー。早くも動画アップされてますね。

自分的なツボ。
・禅さんが水をこぼした瞬間のフリス&ファヴェールの「ロバート!」「ロバートー!!」のイキイキぶり。
・ちっひーの「お風呂でリフレッシュ」に対するシルビアの「Ah~Ah~Ah~」はナイスリアクション、だったんだけど我らが贔屓的には「ナイス振り」としか(笑)。すげえ5人とも出てたんだそう言えば。
・一幕のレベッカの寝室の場面でちょうど軽い地震があって、二階で観てたら壁全体がミシミシミシっ!となってちょっと客席ザワっとなってたんですが、場面的に「聞こえますでしょう?海があの方のお名前を呼ぶのが!」のすぐ前だったんで芝居的にもかなり「うわぁ…」と思ったり。でもシルビア集中してて全然気がつかなかったそうださすが。そしてちっひーは「ちがうんですよー。ビアさんが歩けば地面も揺れるんですー」と主張するんだった。内容よりキャラにビックリだよなトークのちひろちゃんには(笑)。
・失敗談。「レベッカ」は同じ戦慄で違う歌詞が6通りくらいあるとのこと、時々間違えるけれども先日ついに完全に出てこなくてフランス語みたいな音声を発してしまったというシルビア(あの怪音声はとても文面にゃできないので動画待ち(笑))。その後の「わたし」に向かうダンヴァース夫人の「私は何ひとつ間違ってなどいない!」的な迫力は物凄かったそうで(笑)(笑)。
・「僕は(失敗談)ないですね」なんでそんな上手なフリを(笑)。
・禅さんの閻魔帳にはまだまだひみつが隠されてるに違いない。
・失敗談じゃないけど贔屓の「『ここで何をしてるんですか!』のところで落ちてたテーブルクロスを物凄いスピードで拾い上げるフランク」の実演は面白すぎた。
・なにタイマーいじってるんだろうと思ったらちょうど20分でアラームが鳴り出した。そういう人だ(笑)。シルビアがたいそうウケてました。
・本日シルビアDAYにつき「ダンヴァース夫人が最も怖いと思う瞬間は?」フランク…手袋を拾い上げる手前の「いらっしゃらない」の瞬間(ていうか近くで見るタイミングがここぐらい)。ファヴェル…「ありがとう、送ってくれて」と言った横顔、落ちかけたコンタクトレンズがダニーの目の下90度の角度で光っていた瞬間。「わたし」…カトレアの曲終わりでモーニングルームに入っていくところ、カトレアのガラスの隙間から睨まれる瞬間。うーん、お題と合ってるようで合ってない人がひとりいます。
・抽選会でさあどうボケるかな?とファンは全員思ってたと思うけれども「帝国劇場!」とサワヤカに半端なボケをかましてもちゃんと笑いが起きたのでホッとした(失礼)…そのあと執拗に「あ、あの人が当たったー」パントマイムをしていたK吾さん「ツッコミ役の松澤さんが既に禅さんのほう言っちゃってて完全一人芝居になっている」という残念ぶりまたこれはこれで。
・さらにちひろちゃんが「にせんじゅうねん!」と半端どころか4分の1くらいのボケっぷり…「吉野さんがやれって言ったんですー」ダメですよちーちゃんそんなイカニモな人に騙されちゃ。

などと突発、不発、偶発、いろいろでしたが(笑)期待以上にフリーダムなひとときでした。さて来週はどうなるかなー。

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あらためてダニーの話

ここ数回の「レベッカ」雑感。…を書いていたらまたダニー縛りになってしまったのでそのまま三題いきます(笑)。

■VSわたし
のっけから正直。いろいろとダイレクト。敵意も悪気も全く隠さない。そんな涼風ダニーを観ているとなんっでこの悪意フルパワーを目の当たりにしながら素直に白いドレスを選ぶかね「わたし」、と時々思っちゃうんですが(笑)、後半で対決ムードびんびんになってくると一転して「わたし」とダンヴァース夫人の力の拮抗振りが小気味良く見えちゃうから不思議です(笑)。ザッツ女の戦い。どっちも負けるな。(←「レベッカ」の見方としては激しく間違っている)。
いっぽうで王道のシルビアのクールで静かな「隠された敵意」に接すると、二幕のモーニングルームの「わたし」の豹変にはやっぱり苦手意識があります。あのゴミ箱へばっさぁ!への違和感は始めてウィーン版で観た時から感じてましたが、家具にしても人形にしてもダニーが可哀想になってしまうので。ここはちひろちゃんのお芝居が変わってきたことも影響してて、名古屋の頃は、本当は今でも弱気な「わたし」が一部虚勢を張ってでも戦わなきゃ…って思ってるためらいを感じて、そこがツボだったのだけど現在は初演並みの強気モードだし(^^;)。もう誰が悪役か分からなくなるんだよなあ後半の「レベッカ」は。(←正しいっちゃ正しい)

■VSファヴェル
A「違うわ!あの方は、愛されていただけ。」
B「ちーがーうーわー!↑あの方は愛されてただーけーでーすー↑↑」
…どっちがどっちとは言いませんが、ダンヴァース夫人としてはAが正しいと思う!思うけれども最近Bのニュアンス出してくる人とのやりとりが楽しくて仕方がない(爆)。「俺にくれよー」って箱のパントマイムをしながらダニーの前に回りこむ男と、それにきっぱり「ふるふるっ」と首を振るお母さん(爆)さらに「えぇーっ」っていうガッカリ顔をするお子さん、なんていうマイム(歩きながらですよ?(笑))を見てしまうともうどうしたらいいかわからないよ(服部光司)。
審問会の後のやりとりにしても、「ありがとう、送ってくれて」の素直な感謝モードとか「もう帰ったほうがいいわ」の優しさ見てしまうと、あ、この人にとっちゃファヴェルはごく自然に「身内」なんだなと。そのぶん後でレベッカとの関係を否定された時のファヴェルの「おい…」というリアクションが深く見えるのもツボです。
いっぽうシルビアだとファヴェルに対しては常に一線ぴしっと引いた感じでこれはこれで。涼風さんだと言葉がはっきり年長の視点で聞こえるのだけどシルビアの場合は年齢も立場も対等の…ライバルって言っちゃうと格を上げすぎなのかも知れませんが、独特の緊張感があって。「どうなるんでしょう、この先」と無表情に呟いたのへ「どうなるんだろうねえ?」と返すファヴェルに何かを感じて、初めてファヴェルをまともに見る。このへんの違和感の出方もまた楽しいなー。

■VSマンダレイ
涼風さんはマンダレイっていう大きな生き物の一部みたいに見えます。屋敷に棲まううちにそこに貼りついてしまった可愛い悪霊つーか。名古屋の初日に初めて涼風さんのカトレアの曲を聴いた時の衝撃は忘れられません。「あの方はここにいる!」と歌い上げて早足で屋敷の奥へ進んでいく、その瞬間「ここ」っていうのはこの屋敷全体、この空間全体、彼女にとっての世界全体がレベッカで、彼女自身その一部なんだなあ…と感じた(解釈はホントそれぞれですが(^^ゞ)。
だけど残酷なことにそれは彼女の中だけの真実であって、実際には、世界の芯だったはずのレベッカはこの世(この屋敷)とは訣別して自ら離れていってしまっていた、だから抜け殻は悲鳴を上げながら滅びていくのが当たり前、マンダレイは燃えなければならない。
一方で、シルビアのダンヴァース夫人を観ている時いつも思うのが、あ、今はそこにレベッカがいるのかな…ということで。ダニーの視線の先、見つめている空間にはいつも美しい、ゆるぎない、生きているレベッカがいて、肉体は滅びてもいつか本当に「あの方」は帰ってくる、あの方のものであるマンダレイを護るのは自分の当然の務め…みたいな。
けれどあの「自殺だったんですね」のくだりで、彼女の目の前のレベッカが見えなくなってしまったのかなあ、と思いました。もう帰ってこない。では自分が追っていくしかない…みたいな。
レベッカが本当にいなくなったマンダレイは滅びるのが当たり前。その点は二人のダンヴァース夫人いずれも変わらないのですけど。レベッカに対する愛情の見え方(シルビアの場合本当に無私というか献身的なもので、涼風ダニーだと前述の理由で「自己愛」要素も感じる(笑))を思いつつ見ていくとどっちも切ない。行き場を失ったシルビアのダニーの愛情、半身を引きちぎられたような涼風ダニーの悲嘆、いずれも心を揺さぶられる「燃えていくマンダレイ」なんだった。

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