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2019年10月の3件の記事

recuerdos

「ドン・ジュアン」拾遺ちょこっと。

■イザカルイザ
イザベルとドン・カルロの関係が好きだなあという話。
それぞれの形でドン・ジュアンにベクトル合わせてる二人だけど、それゆえお互いのことよく分かってるというか…いやカルロはわからんな(笑)、少なくともイザベルは、ドン・ジュアンに一番誠実な友人であろうとするカルロに対して、あの外道を相手に何一つ諦めずに無駄なチャレンジをし続けるドン・カルロの生き方に対して、理解とか共感とか、ある種の愛おしさもあるんじゃないかなと想像してました。
一幕ラストでソロパートが繋がってくとこ、ドン・ルイとエルヴィラが歌ってる間にカルロとイザベルが組んで踊るんだけど、毎回、こ こ が 超 絶 ツボでして。
技量は最高、素晴らしく優雅、気安くて粋で、色っぽくない!こんな組み合わせそうそうないよ(笑)。
ここの踊りはイザベルは最上の笑顔、カルロは意識の何割かだけ振り向けてる、でも微笑…という雰囲気なんだけど、この、組んで踊るパートが終わるよ離れるよ、…ってところで刈谷、カルロが!イザベルに!一瞬!手を使わない投げキスみたいな、さりげないキス顔をしていく…というのを目撃しまして脳内超ブラボー叫んでた。幻だったらすまない…酒場のマイクなし雑談もほんっと好きだった…マイクを入れろ…。

■酒場スケッチ
「愛の華」の冒頭でドン・ジュアンから奪ったグラスをドン・カルロがカウンターにダン!って置いて、そのまま横にスライドさせる。これをマスター俵君が回収するんですが、初めてこれ観たときはグラスがカウンターの端をこえて落ちるのをサッと受け止めるマスター、という絵で(笑)以後ここは楽しくてやたら右端を気にする客になってしまった。
途中までしか把握してないけど、カウンターから落ちるかはその時その時だったな。刈谷の前楽ソワレで1mぐらいすっ飛んでったのを受け止めてたのナイスでした。
なお俵君の本当の見せ場はその後のソロですわかってます(笑)ファニータもここカッコよかったなあ…エルヴィラ入ってきてハッ!とか笑ってるのもツボでした。

■イザベルとエルヴィラの話
表も裏も、物語で起きるほとんど全てのことを見て取っているイザベルだけど、珍しく彼女が直視を避けてるな、て感じがあるのがエルヴィラ関連。「いたたまれない」っていうほど親身な感覚じゃないだろうけど、修羅場展開もエルヴィラの気持ちもドン・ジュアンの反応も全て見えてしまってて「あえて見ていたい内容ではない」みたいなノリに見える。それは彼女自身が通ってきた道だから…というのは陳腐な想像だけど「それ もう みた」って感覚はあるのかなと。上着をドン・カルロ経由で渡してあげるぐらいの同情?いや、ケア…?フォロー?…うーん「死者に鞭打たない」レベルの反応はするけど、はいはい、ってところがあると思う。きっとエルヴィラ自身、同情も親切も受け付けるわけがないのわかってるから…そこがカルロとイザベルの差だ(笑)。
最初の最初に「あなたの出る幕なんてないのお嬢さん」ってまっすぐ見ていう、あれが彼女の最大限の善意だったかも知れないなと。

■酒場スケッチ2
酒場でラファエルがドン・ジュアンに殴りかかるところでドン・カルロとエルヴィラが一緒に駆け付けるの、あれカルロがエルヴィラを心配して探し当てたんだと思ってたけど、ラファエルに「一人にしてくれないか」って言われたエルヴィラがちょっと怯えたように走り去るのを見て、あ、逆かな、と思いました。つまりもう、ラファエルに火がついた時点でエルヴィラは「これはまずい」って思っちゃったのかもなと。それで頼れる唯一の人であるカルロを呼びに行って酒場に連れてったのかな…とかとかあのカルロの剣スチャッ!からの王子様カットインを見ながら考えていた。スペック高すぎるよなあの男。たぶん剣とかドン・ジュアンより技量が上かも知れない。
(わかっているはずだ君の方がつよい)
(「誰に対しても」って亡霊が「結末への邪魔」を排除しまくる曲だと思うけど、亡霊にとっちゃ一番の障害がドン・カルロ、とか考えると滾るよねえ)

■イザベルの話
「私は見てみたいけどね。彼がどこまで行くのか」
幸せになって欲しいとか、生きて欲しいとかですらなく、見ていたい。
「俺の名は刑罰」の瞬間まで高まっていく女たちの後ろにいて、ハイ、という瞬間に後ろを向く上級者ぶりといい、ドン・ジュアンに誰よりも近づくけど口づけはしないとこで離れていく様子だったり、「決闘だラファエル」で誰もがラファエルとマリアを見ている間、ひたりとドン・ジュアンを見据えている在り方だったり。
イザベルのドン・ジュアンへの感情って多分人生三周分ぐらい回って深まりすぎてる印象です。作品上「ドン・ジュアンの魅力」を一番高めてるのはイザベルの居方だと思う。
「ただの女」「ただの男」っていうのは彼女からすると「ただの人間、自己都合の塊」っていう意味なのかなあと思いました。ドン・ジュアンを愛している、でも最終的に残った感情は全て我欲だと思ってるから、ドン・カルロに対しての
「あなただってただの男。ドン・ジュアンに友人なんかいないの」
っていう言葉になるのかなと。それで行くと「ひとり」が彼女のテーマでもあるのかなあ…。

■酒場スケッチ3
ダンダン(高音)ダーン(低音)「決闘だーラファエール」
ここの亡霊が瞬間移動だという話をしてたけど、実際は最初の「ダンダン」の二拍目で動く、バシッと柱に両手を置く…んだけどその、動く瞬間の両腕がピアノの鍵盤に向かって両手指を広げてダーン!って下ろすみたいに見えました。方向は横と下だけど。その後の伸び切った指のこともどっかで書いたけど、その貼り付けたポーズと下を凝視する眼とがドン・ジュアンの決闘申し込み、受けるラファエルの言葉の間にずっと続く。「いい度胸じゃないか」でゆっくりと下に下りる動作に移る…何回流したか知れない脳内映像。

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último

「ドン・ジュアン」閉幕。刈谷終了。
終了。
体感、一瞬だったが終了。
わかってたけどねえ。ロスですねえ。
(「カルロロスでドンカルロス」ってホント上口君天才かよ)

つらつら刈谷スケッチなんぞ。

■ドン・ジュアン
しみじみ、表情がよかったなあ。マリアに出会ってから「エメ」の序盤、「答えろバケモノ」「教えてくれ」「何が起きた、これはなんだ」っていうものすごい混乱と不安、ああ落ちたな、っていうよるべなさ。「エメ」ラストの照明が消えていく瞬間、混乱の末たどり着いたほとんど「幸福」に満ちる笑い(あれこそファンの子はガン見するべきだぞホント…繰り返すが芝居中の拍手は自己都合でいいんだよ(^^;))。
そしてこれも繰り返しだけど「嫉妬」。「どうしたんだ俺は」っていう純粋な驚きと、自分の中の大嵐。亡霊がそれをひとつひとつ受け止め、いなし、かき回し、さらけ出させていく。
東京の前半ぐらいまではこのナンバー、亡霊とドン・ジュアンてあんまり目を合わせない曲だと思っていて、なんかだんだん認識が「いや…そうでもなくない…?」って思って刈谷ではいや、要所要所でめっさ覗き込んでるし目の芝居しまくってるじゃん!てなったんだけど、これはもちろん振付が変わったわけじゃなくて、シンプルに「双方向」になったんだなっていう。呼吸、駆け引き、場面が持つ意味を一緒に作り上げていくモード。共演者とこれが始まると私はリピートをやめることが不可能になる(笑)。ホントなんで大阪ないんだよう…あと一か月やってくれや(号泣)。
「本当なんだ、彼女のことを、本当に、愛してるのは…」って訴えかけるようなドン・ジュアンから亡霊への眼、ああ、共演してくれてよかったな!と思った瞬間でした。

■亡霊こまネタ三題
出会いのところでドン・ジュアンが亡霊をビシッと指さすところで鏡合わせでビシッと上げる。東京でもやってたかな?刈谷ではすごいクッキリと「起動」してた。
「俺の命奪うと誓った相手は殺す」の後の首をグリっと回すドン・ジュアンに完全にシンクロするとこ、回し切った直後に弦が切れたみたいにブルブルっと頭が震える。あれは怖い。
決闘シーンで奥の石像から降りてきて正面を横切っていくとこ。全体めっちゃアクション増量してたけどここの歩きかたの機械っぷりがすごくて、超・大股で移動してって螺旋階段の前を通り過ぎ…そうになったとこで手すりに右手が引っかかってビーン!ってモノのように伸縮して階段上る動作に移る。マジでバケモノじみてきた。

■決戦
楽のサパテアード。直前の表情の静かさ、沈黙の長さ、からのつま先の音、右足のパーン!っていう…擬音書くと超間抜けだけどホント「雷のようなサパテアード」って公演初期につぶやきで書いてくださった方ありがとう!(今ここで書くか)、ほんと雷鳴のような音を響かせて、uno,dos,tres,,,,¡VAMOS!叫んで打ちつけ、回り、叫び、叩き切ってフィニッシュ!
ここで死んじゃうんじゃないかと思いましたホント(^^;)。

■決着
ドン・ジュアンが戦う間、亡霊の戦いもクライマックスになっていくわけで。
上のほうでも書いたけど階段にたどり着く前に既にえらいことになってるんだけど、階段を上っていく動きも、もうこの存在も限界なんだなっていう、消耗していく動作が凄まじかったです。上っていく意志と、逆らいまくる体。
で、最後の問答に至る。ここが断罪する響きだけじゃなくて、願いのニュアンスのほうが強くなってたのホントびっくりした。
「考えろ」の優しさ、悲しさ。
「答えろ!」ってドン・ジュアンが返すのに「…まだわからないのか…」って絶望の響きで応じる間、マリアを見たドン・ジュアンは答えに気づく。
「呪われた罪人として生きるがいい!」
「バケモノ!……俺はわかったぞ!!」
左上には踵を返そうとする亡霊、右下からその亡霊を見上げて答えを得たことを告げるドン・ジュアン。
この絵がずっと残っていくと思います…。

素敵なものをみた。いやあ素敵なものを見た。
かくしてカテコのふじがや君とK吾さんのグータッチに至るんだった。
ありがとうドン・ジュアン。こんなに嬉しい作品になると思わなかった。

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reunión

「ドン・ジュアン」を観に刈谷に来ています。

東京千秋楽が18日?だったからほぼ3週間ぶり。脳内リピートしまくってたお芝居をひさびさに観たら脳が「これは現実」という事実に追いつかなくて、劇場にいるのに幻覚を見ているのかと疑うこと数回(笑)やばい。我ながらふつうにヤバイ。いや、ホントにまた観られたんだなあ。感謝感謝。

けっこう間隔を置いた地方公演ということで、印象が変わるかな?と思ってたんですがこれまた脳がすぐに追いついて気持ちは9月20日ぐらいなノリです。

しかしキャストの皆さんはパワーアップアップアップ。

■下手にいると必然的にイザベルウォッチャーになる。
ドン・ジュアンの「お前たちが俺の名を呼ぶたびに…」って語りで客席には背中を向けてる女たち、高まって盛り上がって揺れる彼女たちの一番後ろで同調してる、けどドン・ジュアンが歌い出す直前のジャン!「俺の名は刑罰!」と同時にザッ!と踵を返すイザベルがカッコよすぎる件(長いわ)このお酒は味わい尽くしたけれども飽きることがない、みたいな。
曲中もくつろいでるようで全てが音楽に乗ってる。艶やかに音楽に乗り、微笑み、ゆらめき、ドン・ジュアンに微笑みかけ抱擁をしかけ、フィニッシュでも絶妙な位置で「女たち」の最上位に…違うな、中心に…それも違うな、いちばん近いところに居ながらマウント取らない存在…風情がないけどそーゆー絶妙な位置にいる。すべてが優雅。
そんなイザベルが一幕ラストとか二幕あたまとか、踊りながらドン・カルロに向ける笑顔が最高に綺麗で艶やかで、ドン・カルロも自然な微笑で息めっちゃ合っててホントなんで君ら付き合ってないの感もハンパない(そこがいいんだ)。

■タイトルロールこまごま
ドン・ジュアンふじがや君。初日からいろんなところがこまごま進化してって嬉しいです。もとから表情がとてもいいけどキャッチボールというか、他のメンバーへの踏み込み方、カルロやイザベル、そして亡霊に向ける表情がすごくよくなったなあと。
彼自身の踊りで、一番好きなのはドゥ・プレジールでアンダルシアの美女と競り合うとこ。オープニングみたいにソロでバーン!と行くときより群衆の中で軽いノリでダーン!て行くとこが好みです(擬音で補いすぎ)。しかし酒を口に含んでブシャー!って行くアレが東京の記憶に比べて1.5倍ぐらいになってて美女様にバスタオルを差し入れたくなった。
いっぽうでドン・カルロへの壁ドンなくなっちゃったのなんでだ(笑)。舞台の尺か、本人の顔もっと見えるようにって話かもですが、カルロから3歩ぐらい左の位置をドーンとやって凄んでたの面白かった…まああの界隈もとから全体的に面白いからいいか(皮肉です)(あのテーブルだけは最後まで許せんので積極的にディスっていく)
そしてしみじみいいなあと思ったのは「嫉妬」。あーーーーもうなんってかみ合うんだろう(笑)ホント年もキャラも芸風も何もかも違うのに最ッ高の呼吸と駆け引きと混ざり合い。

■ついでにラストの話
つぶやきでも書いたけど、ラストのドン・ジュアンの顔を見られるのは亡霊だけなのだ。客席側に向かっている亡霊の顔は微笑も厳しさも浮かべてはいないけど、ドン・ジュアンが振り向いた時、眼だけがその認識を表すゆらぎを見せる、その一瞬がたまらん…てきょうも亡霊凝視してたんだけど、ドン・ジュアンの方はもしかして亡霊に対峙した瞬間ちょっと頭が揺れてなかったか。頷きや合図というと言い過ぎかもだけど、「やりとげた」気持ちは亡霊に受け取らせてると思うんだよね彼は…っていう思い込みからの見間違いかもしれんけど。
最低だった自分を殺すことでマイナスからどうにかゼロまでこぎつけて、でもプラスに登ることはできない「馬鹿げた人生」のまま完結させて、ものすごい勇気を出して、死にたくないのに死んでいった。それをそもそも仕掛けてきた、全部一緒に見てきてくれた亡霊にだけは、俺を褒めてくれてもいいんじゃない?っていう顔をしてもいいんじゃない?(ハイけっこう動揺してます)
彼らが向かった先はおそらく天国ではない(解釈それぞれ)。ただどこまでも一緒に行った、というかもう一緒くたの存在になっていったんだろうなあ…。

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