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varios

「ドン・ジュアン」ランダム雑感。ぼちぼちネタバレ警報解除ですー。

■見たままでした
わりと解釈厨なので(知ってた?そうか)、パンフの説明とか役者さんのコメントとかはなるべく自分の気持ちが固まるまで読まないんですが、さっきやっとパンフ読んで今回、まあ、やっぱさすがY野K吾だなと思いました(笑)。
ドン・ジュアンの長い放蕩の間、ずっと蓄積されてきた自責とか飢えとか孤独とかが
騎士団長を殺したところで遂にあふれて、
とうとう「亡霊」という存在を生み出した。
運命であり。導き手であり。罠であり。
父やドン・カルロやイザベル、今まで彼に愛情を与えてきた全ての人たちの思いで実は蓄積されてたものが、積もり積もって、それが騎士団長の顔を得て、ついに動き出したって感じ。
なんてえ綺麗な話だ。

■苦情
どの角度から観てもどーしても虚無になるのが一幕、ドン・カルロがドン・ルイんとこへエルヴィラを連れてく一連。セットといい動線といいここだけなんか計算を間違ってるというか計算したけど数字が足りてないというかねえなんなのあの台形
どうしてそうなった台形。二百歩譲ってあのテーブル映像を許すとしても燭台だけでもなんとかして…遠近感がころされたー(歌う)。ホント二幕で再登場しなくてよかった…エルヴィラとドン・ルイが一緒にあの台形にお祈りささげてたら泣く。
あとドン・カルロのテノリオ家2往復。取ってつけたような壁ドン(いや表情とか凄くいいからオペラは上げるけどさ、芝居の流れ的にあの時点でカルロが強気に出るのって謎くない?)

■ドン・ジョバンニといえば
もう知らない人のほうが多いかもだから一応書いとくと、
昔の音楽座の「マドモアゼル・モーツァルト」ではモーツァルトを取り囲む精霊たちっていう存在がいて、それは「魔笛」のタミーノや夜の女王、「コシ・ファン・トゥッテ」のドラベッラや「フィガロの結婚」のケルビーノといった彼の作品の登場人物のカッコをしていたんですね。吉野さんはその中のドン・ジョバンニを長い間やってて。最終公演だけシカネーダーとドンジョバを交互に演じてた(今考えるとすげえな)、なので私の初めてみた吉野圭吾はドン・ジョバンニだったのだ。古い古いな。1996年だ。
(以下MMネタバレ)精霊たちはたいてい全員で踊ったり歌ったりしてるけど、一幕のラストはドン・ジョバンニの出番。ダ・ポンテが語るあらすじから「ドン・ジョバンニか…」と思いを馳せるエリーザ(モーツァルト)の前に、スッ…と現れた白いドン・ジョバンニが優雅に挨拶する。(精霊は歌以外は無言)。そこから幻想的な曲が始まって、彼に誘われるままに迷い込んだ空間の中央には「石像」がいて、動き出したその石像に刺されるのはレオポルト・モーツァルト…からの「パパが、死んだ」で一幕終了。ちなみに舞台上は明にはされないけど、石像に入ってたのはサリエリ役者。
どうだ面白いだろう。面白かったんだよ。観たいよ。

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