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espejo

「ドン・ジュアン」雑感つづきます。

■ドン・カルロさまざま
壁ドンあたりのドン・ジュアンへの強気ぶりとか、二幕あたまのすっごい上の視点からの(上から目線ってわけじゃない、神の視点)忠告とか見てると、やっぱこの人ドン・ジュアンの友達というより、一緒に育ってきた兄貴みたいな存在なのかな…と感じます。
ベタベタだけどもちろん「ドン・ルイの隠し子」説までは考えた(笑)。なんていうかさ、愛が無条件すぎるんだよこの人。普通の距離があったならそうそう「憎んでいた、愛してもいた」なんて言葉は出てこないし。ドン・ジュアンの本性を分かってる分ドン・ルイより深い、たぶん張り合えるのイザベルぐらい(笑)の愛憎。
ドン・ジュアンの放蕩をちょっと離れたとこから見守ることに慣れすぎてるから、突然現れたエルヴィラが彼に突っ込んでいくのを眩しく感じたとこもあったのかなあと。幕間に「エルヴィラ怖い。あの友達とくっついた方がいいんじゃない?」みたいな会話が聞こえることもあるしわかるんだけど、まずエルヴィラそれありえねえし(笑)ドン・カルロにしてもエルヴィラに惹かれる気持ちってあくまで「エルヴィラの情熱」に惹かれる気持ちだと思うし。エルヴィラともイザベルともいつ恋愛成立してもおかしくないのにいっっさいフラグ立たねえあたり上口君流石だなと思ってます(例によってまだパンフのコメントとか読んでないんでプランと違ってたら失礼)。
ひょっとしたら彼は欲望を抱けない、快楽を求められない人なのかも知れない。エルヴィラと、そしてドン・ジュアンと真逆の生き方なのかなと。
とはいえドン・ジュアンが亡霊を生み出した一番の要因はコイツだと思ってます(笑)。なめちゃいけない。君の働きかけは彼に着実に蓄積されてる。

■イザベルこまごま
なかなか女性の「居方」に惚れ込むことってないんですけど。イザベルは本当心底カッコいい。きっとごく短い間、ドン・ジュアンと恋人だった時期があって、でも他の女達と違って彼にすがりついたり、また恋を求めることはしない。彼が求めたらまた違うんだろうけども。
終始、余裕で、穏やかに微笑んで、ドン・ジュアンの行動、選択はじっと見つめているけれど、自分から感情を露わにすることはない。けど真の同担であるドン・カルロ(言い方)、彼にだけは、本音や本気の労りも罵倒(=自嘲)も見せる。ああカッコいい。
これは未検証だけど劇中のドン・ジュアンて、ほとんどの女の子とキスするのにイザベルとだけしてないんじゃないか。寸止めは何回もあるけれど。

■嫉妬
「嫉妬」というものの持つ意味がとっても重いところが、話の構造的に大好きですドン・ジュアン。
「聞いてないぞ、愛が嫉妬を呼ぶなんて」そうかー、聞いてなかったかー…っていう感覚。このドン・ジュアンという育ち損ねた若者に向かって沸き起こる愛おしさ。これは今回の藤ヶ谷君の若さというか、一皮むいたらこんなに幼いの?!っていうキャラが一番はまったところじゃないかなと思います。世の中のいわゆる「ドン・ファン」像に求められる淫らさとか堕落ぶりとかからすると弱いかも知れないんだけど、「なんにも知らなかった、ただ快楽を求めていた」っていう真相、罪は重ねまくったけどこいつ本当に何も知らなかったんだな、しかも動機は結局、孤独(!)っていう痛々しさ。たぶんイザベルだけはそういう彼を理解して愛したのかなってラストの「欲に燃えきらめく瞳」ってとこで思います。
そういう彼を亡霊は目覚めさせる。あのずーんキュィィィィイン(亡霊両手ユラリ上げ直進両手わきこきぐちゃごき)が目覚まし時計というか、今までの世界が完全に塗り変わる感覚にイヤッホウと叫んでます脳内。嫉妬しなきゃ人間じゃない、ここからが本番だよお前。大好きだなあこの「俗・万歳」感覚。
ここの亡霊はものすごく動くのに、一貫して表情を消してるというかドン・ジュアンとほぼ目を合わせない、自然災害みたいな居方をする。曲全体がドン・ジュアンの、自分の中で起きてる嵐なんだなって感じる。完全なる一人相撲、「ただし受け止めはする」ってあたり「亡霊」の役割がクッキリしててたまらんたまらん。

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