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egoistas

「ドン・ジュアン」雑感に戻ります。

■「求められることが愛だと思ってきた」
マリアの歌より。戦慄するほどスゲエ歌詞だよねこれ。
ラファエルと婚約したのは確かに、幼なじみとか親戚の縁とか自然な流れっぽい。あのラファエルの「おうマリアーウェーイ(体育会系ハグ)」の色気のなさからしみじみ、君たちあれだろう、子供の頃から一緒にいて当たり前に結婚決めただろう、って印象がスッと入ってくるし、「結婚するんだ」への兵士達のリアクションがまた「えっそうだったの?!まあ、そういうこともあるかもしれないな」っていう曖昧さでわりと笑うし(私は)。そういう相手と婚約した、恋なんて知らなかった、でもドン・ジュアンに出会ってしまった→もうガターンと落ちて後はもうなし崩し。後ろめたさは残ってるけどちょっと待って、今は待って。
これは嫌味じゃなく正直な印象なんだけど、マリアのああいう先送り体質はとってもリアルというか、納得感があります。「言わずに済めばそれでいいと思ってた」って恋愛物語のヒロイン像としてはひっくり返るような言葉だけど、現実で考えたら「そりゃそうだ」と思う。ラファエルは死んでしまったかも知れない、その状態でドン・ジュアンに「実は婚約者がいるかも、いないかも」なんてわざわざ言うのはサディスティックな自己満足だよ黙っとけ、って現実の人なら思うと思う。
…そんなマリアのたくましさ、正直さ、いざバレた時にとりつくろわない誠実さはけっこうツボなので、そういう彼女に現実感覚ゼロのドン・ジュアンが惚れるのとても解るというか、深いなと。ドン・カルロの「君の運命に彼女を巻き込んでいる」を聞くたびにいやあ巻き込まれたのはドン・ジュアンの方じゃね?といつも思っていた。…あのカルロの言い草についてはまた別途掘り下げたい(ああ楽しい)。

■エゴイストの物語
亡霊がなんで騎士団長の姿だったかっていう話なんだけど。
これは仮説というかホント今作の彼らじゃないと出ない想像なんだけど、ドン・ジュアンはあの「フツーの父親」がちょっと羨ましかったんじゃないかなあって思いました。娘を引っぱたくでなく所有物として怒るんでなく、目を覗き込んでダメだぞって叱咤する、娘をダシに挑発すれば逆上して命まで落としてしまう、真っすぐな愛情を持った真っ当なお父さん。
ホントは自分もそういう愛に囲まれてたくせに、とにかく「すぐそばにあるものに気がつかない」ドン・ジュアンだから、わかりにくいドン・ルイの愛情にもわかりやすいドン・カルロの愛情にも、もっとわかりやすい女達の愛ともぜんっぜん噛み合わなかった。そういう彼に「ある日抱いた女の父親」っていう縁としては遠い、だけどそこそこ鮮烈な印象を残した「愛情を持った人」の形をしたものが、ある日、自分を運命に導く存在としてやってくる…っていうのは、こう、うおお、書いてて恥ずかしいけど、若くね?切ないほど可愛くね????
こんなこと考えてるから「亡霊はやさしいなあ」が止まらないんだった。あいつはドン・ジュアンが生みだした、運命へと導く存在、恋を教え嫉妬を教え、自分の罪を知らしめて、人間へと導く存在。彼一人の存在だから、彼にだけ優しいのだ。
まさしく「最後までひどい人。ひどくてかわいそうな人」の中身だなあ、て納得したんでした。

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