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1789らんだむとーく2018-4

モーツァルトが気になって仕方がないので1789ネタを拾う(スポーツで発散する的な)

■教育実習
冒頭「ヘイ・ハー」のデムーランとロベスピエール、公演が進んでも「堅さ」が全く取れないのが好感度高いです(初々しいと言え)。初日にあの「カミーユ・デムーランをしょう・かい・しま・しょう」を聞いたときの微笑み、とうとう東京楽まで続いたもんなあ(にやにや)。マジメーな顔で手を挙げては下ろすカミーユ君の謎動作も大好きだ。
そんな「理論は完璧だけど実地はこれから」な二人が初めて本物の民衆に出会う、それって彼らにとっては本当に重要な出来事だろうなあと。今まで「民衆」を語ってきただろう彼ら、「農民」や「貧しい人」にあれをしてやろう、こういう風に導こう、幸せにしよう!と思ってきた彼ら、その革命家たちが初めて出会った「(話が通じる)本当のお百姓」がロナンだったんだろうなと。
印刷所でロナンにひたむきに語りかける二人は本当にキラキラしてる。
「考え方だよ。人がどんな風に生きるべきか」
「それならあんたたち学問のある兄さんより、俺の方が知ってるかもしれないぜ」
百姓だけど勉強してて、学問のある彼らにも物怖じせず、自分の考えをぶつけてくれ、言葉に耳を傾け、心を動かしてくれ、同じ貧しい人を集めて動かしてくれる。そんな人間に出会えたことは本当に運のいいことで、たぶん史実ではあり得ない素敵なことなわけで。「(身分も境遇も違うもの同士が肩を組み歩く)それこそが我らの革命」っていう、この作品で一番美しいフレーズに繋がっていくんだなあ。

■せっかくのチャンスだったのに
考えてみるとアルトワって本当の意味でラスボスというか、「1789」で描かれる貴族の中でもっとも倒さなきゃならなかった革命の敵なんですよね。一幕ラスト、「球戯場へ行くぞ!」って民衆が賭けだしていく、それを見下ろすアンシャン・レジームの怪物の姿。あれがまさに本性だなと。「革命が始まる」で描いた筋書き通り、彼は国外に逃げ、人々が「革命」の闇に疲れた頃に帰ってきていずれは王位につくわけで。いうなればヤツだけが賭けに勝っちゃう。
そんな真の敵、本当の災いと、実は直接対決していた平民が一人いたんだよ、…っていう風にあの「私が神だ」を取ると、なんか「えーないわ、王弟と主人公の立ち回りとかご都合主義きわまるわ絵空事よ」と思っていた(思ってました)「1789」の筋書きもけっこう、取り方によっちゃ深いなと。
ロナンが死んでしまったことは本当に、フランスにとって大変な損失だったのかも知れない。慟哭するロベスピエール、どこかが壊れてしまったロベスピエールは恐怖政治に進んでいく、彼の誤りを止めてくれたかもしれないロナン・マズリエ、アルトワが戻ってきたとしても「相手にとって不足はねえぜ」と全部飛び越えてぶっ飛ばしてくれたかも知れないロナン・マズリエはバスティーユで終わってしまった。そういう、歴史に続く話だと思ってみても「1789」って面白い、本当に面白くて、悲しい物語なんだなと思います。

こんなに好きになると思わなかったな…。

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