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うらすさび10

「戯伝写楽」雑感もうちょこっと。

■書き残しよしち(栗山編)
ふたりの与七の違い、いろいろありましたけども、お芝居の印象を変えてたなあ、と思うのが、それぞれの十郎兵衛との距離感でした。
東山君はほとんど十さんとツーカーで、特に前半はシンクロせんばかりのコンビ技が楽しいわけですが、栗山君は逆に、年も立場も離れてるから「第三者」としている、クッキリした三角の構造を楽しめた気がします。鉄蔵ともなんかこう若造同士というか、急な肩ポンなんだあれと思ってきたんですけど、栗山モードは最終的に「土手の殴り合い後」が成立してたんでここもクリアー(笑)。
千秋楽、ひさびさの栗山君で「ほぉぉ!」と思ったのが、スランプに入ったおせいを見ながらの一連。「十さんはおせいちゃんの味方になると思ってた」の言い方が素直な反発なのは前からですが、「浮雲は心中したよ」の言い方が、おせいに聞かせる意志を持って「心中したよ」って言ってる流れがとても明瞭なとこにグッと来た。そこまでけっこう子供っぽかった栗山与七が、急に大人びて見える。ほー十さんそうですか、俺は言うよ、おせいちゃんの行きたいほうに行かせるよ、っていう流れが「豹変」に見えるあたり。「なんで!行かせてやりゃいいじゃねえか!」のストレートな怒りも含めて鮮やかでした。

■書き残しよしち(東山編)
隠れ家で与七がキレるシーン。「誰ですかーハイちょっと難しいぞ十郎兵衛ー!」と教師モードのワンブレスで十さんに振る、それに十さんがボケる、さらに忘れた頃におせいがかぶせてくる、というのが一連の流れで。
一番凄かったのは東京前楽だったかの「よしち三十二さんー!」「掛けるなァ!しかも…二十八や!!!」という三段構えだったわけですが。おせいの蒸し返し「よしち二十八さん」「計算できとるけど!!」まで息をするのも辛かった(笑)。
ほかにも
「よななさん」「訓読みて!」
「なななさん」「誰や!」
「よいちさん、よにさんよさんさん」
おせいとのやりとりも
「ごちそうさま木こりさん」「名前ですらねえ!俺は家政婦でも木こりでもないわ…」
「よはちさん?よきゅうさん?…よじゅ」「8から上がっていったら永久にたどり着かへん!」
「よさくさん」の時はヘイヘイホーーーーな口笛をクリアに響かせて去ってったし。
毎回ゲラゲラ笑ってたものです。

■ぷちぷち
・「おせっかいかも知れねえが」が、転換の人に対するおせっかいとかぶっていていい感じだなあといつも想っていた。
・市さんの表情でいちばん好きだったの「光が闇をつくる」で浮雲に走り寄っていく時の表情だったんですが、角度限定と歌詞探索でほとんど見られなかったなあ。
・蔦屋の番頭さんの水撒き大好きでした。水撒いてから「水撒くよ」って言いやがる、というのがトークでネタになった次の日が千秋楽で、「もうかけてるじゃねえか」ってとうとう言われていた。
・その間タダ酒先生は下手のほうで遠巻きに見守っていた。
・鶴喜さんと富三郎丈はめっちゃ付き合いに年輪を感じるんですが、「優しいお人柄の現われでは?」「優しい、ねえ」でばしっとウィンクするとか、歌麿と浮雲がちょっと艶っぽい空気になってきたな、ってとこで富さんが手の甲で鶴さんの足のあたりをとん、とはたくとか、色っぽい、でもあっさり、っていう見え方がたいへんにツボでした。

■観察者
ニ幕の大田先生について。
公演の初期の大田南畝は、どっちかというと「飄々」に主軸があったというか、「実は」けっこう薄情、「ひょっとしたら」割と人が悪いね、ぐらいの印象でした。「さ、こっちに来い」みたいな台詞も、吉か凶かどっちに転ぶかわからんけどまあ、異世界においで、みたいなニュートラルさがあって(それでも相当アレでしたが)。
最終的には、いやこの人 怖いわ!となったと感じます。悪い、ワケじゃなくて、怖い(笑)。ただただ芸術家、あたりまえに貪欲。冷静でミもフタもなくて、怖いくらい正直で、ヒトガワルイ。なべてのものを見んとの執着。ちょっと、話が面白くなりゃあいい。
浮雲と遊ぶのも、浮雲の処刑を眺めるのも一緒。「ころりと騙されちまった」って歌いつつ、浮雲に対してぜんぜん怒ってない、まだ歌麿には自分を嘲る潔癖さがみたいなものが伺えるけどそういうのもない、ハアそんなもんだぁね、剣呑剣呑。そこには芸術家らしい、めちゃくちゃ外側からの鑑賞眼しかないっていう。
そんなスタンスの大田先生が歌麿に「どうしてもあんたにこの絵を見せたくて」とか言ってるの見ると、「うっわー楽しそう」が先に立つ。

■表現者
「あんたにも描けないかい」のくだりからの、歌麿の表情の移ろいは本当に好きでした。
あの場面の大田南畝は軽い顔でポンポン歌麿に爆弾ぶつけてく感じですが、
絵を歌麿に見せる→気を取り直す出鼻で「あんたにも描けないかい」と突き落とす→そこから「あまりに真を描かんとて」までピンと張った空気が続いていく、それが
「ってところかなー」
でやっといつもの大田先生の気楽な空気を出してくるわけで。
ここまでずっと強張った顔で大田先生を見ていた歌麿が、この、急に砕けてきた先達に、笑いを返すか返さないかぐらいに口元を歪ませて、「けんのん、けんのん…」と去っていくのを見送る。
そこからあのBGMに乗って、またこわばった表情に戻っていき、よろめくように歌い出す。
よかったなあ…。
あの歌の詞って、写楽に対する敗北感と、自分の絵描きとしての生き方の肯定と、両方を含んでると思うんですけど、その後半の「私は描く、綺麗な夢」は、肯定でいながらとてもこう、「そっちへは行けない」っていう諦観やらむなしさやら、ひょっとしたら哀しみやらあるんだろうなあ…っていう空気が好きでした。
「それでも一度、本当の写楽に」の「それでも」のニュアンスをいつも想像しながら帰ったものだ。
ついでに書いちゃいますが、ここの一連の群衆のストップモーションも本当ーーーーに見事でしたブラボー。

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