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うらすさび6

「戯伝写楽」あっという間に東京千秋楽。
書き溜め雑感コツコツ行きます。

■東山与七こまごま
・おせいと出会うシーンで、彼女と十郎兵衛を見比べる視線がとても好き。ここは栗山君の場合、ヒントを見つけて「これは…」って徐々にわくわくし出すイメージだけど、ヨシ君の場合文筆業でそこそこキャリアがある感じなので、「お」って思ったタイミング、すちゃっと物書きの目に切り替わる、ああ普段からこのスイッチのオンオフしてんだな、って感じ。
・おさんどん姿を初めて見たとき、なんだろう、なんか既視感がある…あの形、頭が伸びたような形と前屈みの姿勢、全体にグレーな感じ…ああ五十音順のぬらりひょんだと気づいた時は心の中で懺悔した。
・のに、これが一幕ラストには背をビシっと伸ばして着物姿もスラッとして髪も表情もシュッ!!としたキラッキラの若衆になってて「何?いつの間に変身した?奇跡???」ってなった初見の時。「俺は一九や」で頭の手ぬぐいとって、歌が始まるところでタスキをとってたんだと今では分かってますが、あまりに自然さシームレスさに感動したでござる。

■膝栗毛って徒歩っていう意味なんですってね。
中島脚本だからここは凄かろう、というのは期待としてあったんだけど、一人一人の「この先」を予感させる台詞の数々はやっぱ痺れますね。
鉄蔵の「赤富士」はくっきり表現されてるけど、与七の「東海道五十三次、宿の数だけ商売がある。覚えときます」は弥次さん喜多さんにつながってくんだろうし、大田南畝の「あまりに真を…」は後に「浮世絵類考」として編纂されていく元の言葉なんだそうだし。
冒頭に出てくる「難波屋おきた」と「高島おひさ」はその後も何度も歌麿のモデルになってるみたいですね。

■手妻あり
本来あの飛び出しナイフの仕掛けってどっちかというとわかりやすい伏線だと思うんだけど、ラストの種明かしでホッとした笑いが起きるのはなかなかに凄いと思う。鉄蔵の緊張に、そしておせいの迫力に引きずられて、すっかり引き込まれて「どうするのこれ!」ってなったところへ、十郎兵衛の選択やおせいの結末に納得感が生まれる。だからこその「あああ、あんなに分かりやすい伏線だったのに、気づかなかった…!!」なんだろうなーと。「確かに斬ったよ」ってそう簡単に成立する台詞じゃないよなあ。
ところでこの仕掛け、「飛び出す匕首とか血糊とか仕込むお能って剣呑だな」と思ってましたが「芝居小屋で借りてきた」っていうのは別にお能とは関係なくってことかな。きっとそうだな(^^;)

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観劇」カテゴリの記事

コメント

片帆様

度々、失礼します。千秋楽、しょこたんの涙に、貰い泣きしかかりました(既にしていましたが(苦笑))各々の思惑がうまいこと、ピタッと嵌まった収まり方に感服でした。
個人的には大田先生の「うったまろさん」が好きです(笑)

投稿: ジジ☆ | 2018/01/29 22:36

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