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2007年1月の8件の記事

シカネーダーの生まれ故郷(史実)

自称「レーゲンスブルク生まれ」のシカネーダーですが、出生届が出された実際の街はバイエルン州シュトラウビンク。レーゲンスブルクから東へ急行で一駅、特急なら止まらない…くらいの規模の街です。シカネーダーが生まれた界隈が「シカネーダー通り」と名づけられている、と聞いて街路地図やらサイトやらさんっざん調べた末ようやく発見。てっきり他の街と同様シカネーダーガッセとかシカネーダーシュトラーセとか言うのかと思い込んでたのが敗因で、実際はずばりEmanuel-Schikaneder-Strasseという通りでした。
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このとき世話になったドイツの市外地図検索サイトがこちら。次はもっと活用しよう(^^;)。
http://www.stadtplandienst.de/
で、行ってみた。
なんとなく想像してましたが…すごく普通でした(^^;)。閑静な佇まい、綺麗で大きな家の並ぶ住宅地。3歳くらいまでこの街に住んでたというが…この辺が出生地というのはホントだろうか200年前に住宅地があったとはとても思えない閑「静」さ(区画整理したのかもですが)。
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この道が出ている通りはパッサウとレーゲンスブルクをつなぐ幹線道路らしく車はぶんぶん通るんだけど…人がぜんぜん通らない(^^;)。まあまだ休暇中だからってのもあったのかもですが。
女の子が4人、王冠を被りマントとローブみたいのを着て家々のドアを叩いているのに行き会いました。一人は棒につけた星を持ってたから公現祭のカラミかな。東方の三博士が星に導かれて生まれたばかりのキリストを訪問した…というお祝いですね。しかしその子達以外は本当ーに数えるほどしか人に行き会わない(^^;)ひたすら歩いて街のほうに行ってみたら、中心部には名所らしいところもあって賑やかでした。
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本屋さんでそれっぽい本がないかチェック。どうやら、ないよ(苦笑)。「この街出身の著名人」みたいな絵葉書にもシカネーダーいなかったし。…それにしてもこちらの本屋はジャパニーズMANGAがどこも普通にたくさんありますね。犬夜叉やONE PIECEはわかるが「あずまんが大王」も平積みになってるんだなあ。…小学生がワンピを立ち読みしている絵面というのは日本もドイツも変わりません(笑)。

ちょっと有名らしいカフェで名物らしいアグネス・ベルナウアートルテというのを食べてみた。024
…大人になってから初めてバタークリームを美味いと思いました…。
このお店にはかの「ベルナウアリン」繋がりで興味を持って立ち寄ったのですが、あとで分かったことにはアグネスが処刑されたのがまさにこのシュトラウビンクなんだそうですね。シカネーダーも幼少時から親しんでいた物語だから積極的に上演したとこもあったんでしょうか。現在でもこの街では毎年「アグネス・ベルナウアー祭り」が行われ、アグネスの物語が演じられているそうです。

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「CLUB SEVEN-SP」総括

・一番大きく笑ったネタ…うちあげ花火

・一番深く笑ったネタ…武勇伝(深すぎやしないかホントあの「効果音」(^^;))

・一番悲しかった点…一階中~後方って舞台全体見えた人いたんだろうか(T_T)

・一番脱力した点…ちょっと「1」「2」「3」からの流用率が高すぎるなあ。

・それでも嬉しかった点…ネタは同じでもリセットして倍面白く仕上げてくれた贔屓

・一番爆発的に笑った点…藪パパの舞台滞在期間

・一番反省した点…ミニミュージカルにおいて顔から火が出そうな設定にイライラしたり読めすぎちゃう展開に苦虫噛み潰したりモコモコの衣装に怒号を上げたりそーゆー副次的なことやってたせいで、場面場面では物凄くいい芝居をしている贔屓はじめ登場人物たちに感情移入できるまでめっさ時間がかかったこと。

・まあそれでも観にいってしまうしこの作品から離れがたいんだなと思う瞬間…オープニングの笑いとかエンディングの汗とか五十音順クライマックスで共演者の肩をたたく姿とか。

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シカネーダーとザルツブルク

■出会いの街
モーツァルトとシカネーダーが出会った街ザルツブルク。モーツァルト生誕250年フィーバーがまだ続いており…だったら冬季非公開のモーツァルテウムの魔笛の家も開けといてくださいよう(T_T)。
ミュージカル「Mozart!」好きとしては当然、例の居酒屋を探してしまいますね(笑)。「中世最古のレストラン」や「築500年の小さな館」とか「17世紀からあるオーストリア最大のビアホール」とか、それっぽい飲み処もあちこちにちらほら。
シカネーダーがここに巡業に来た1780年。ここで一座は「アグネス・ベルナウアリン」という作品を大ヒットさせます。タイトルロールのアグネス・ベルナウアーはバイエルンでは有名な悲劇のヒロインなんだそうで、平民の身でありながら大公と恋に落ちて結婚したけれど、別の娘との婚姻を望んでいた夫の父親の命令で、夫の留守中にドナウ川に落とされ処刑されてしまった…という15世紀の史実。この物語を元にして書かれた戯曲が「ベルナウアリン」。「大公に恨みを持つ副官の陰謀」というエンタテイメントに書き換えられてあちこちで上演され、シカネーダーも「これはいい」と思ったのか、初演から2週間経たないうちにザルツブルクでこれを打ったわけです…兵隊の衣装用に当地の御領主コロレド大司教から甲冑60着借りたという記録があるそうで(笑)。大公がシカネーダー、アグネスはエレオノーレが演じて大いに受け、悪役の副官役の人はザルツですっかり憎まれて街を歩けないくらいだったとか。
この公演はコロレド様も千秋楽まで足を運んだとのこと。もちろんシカネーダーからフリーパスをもらっていたモーツァルト一家もしばしば観劇したのではないかと…前にも書いたけど、絵的にめっちゃくちゃ楽しいですよね、このメンバーがシカネーダー一座の芝居を観てるとこ想像すると(笑)。ボックスまたがってヴォルフがコロレド挑発、猊下無視、パパ制止、アルコ怒り、姉隠れて笑い、座長が舞台から「うるせえよそこ!」と叫ぶ…みたいな(笑)。

■どこもかしこもモーツァルト
せっかくだからパパゲーノ像に挨拶して。
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新レジデンツで行われていたビバ・モーツァルト(1月7日まで)→(旧)レジデンツ→モーツァルトの生家→モーツァルトの住居(川を渡ったほう)と回る。モーツァルトの銅像前はスケート真っ盛りです。

大司教の居城である旧レジデンツがすごい面白かったです。まさに「ナイフフォークスプーンぴかっ!!」て感じの壮麗たるお屋敷なんですが、「自らもヴァイオリンを嗜んだコロレド大司教が、モーツァルトと合奏した」部屋眺めたり(またスゴイ「絵」を思い浮かべてしまったり(笑))、謁見室でも「ここでどっかの座長が堂々と『甲冑貸してください。』とか『興行延ばしたいんで許可してください。甲冑も貸しといてください。』とか交渉してたんだろうな」と想像したり。

モーツァルトの生家の展示の中ではシカネーダーは「Singers」の扱い(笑)。モーツァルトは歌手の音域に合うように作曲したんですよ、との説明とともに沢山の歌い手の小さな肖像が並んでいて、カテリーナ・カヴァリエリなんかと一緒にシカネーダーもいました。チェックしきれなかったけどきっと「魔笛」のベネディクト・シャックやアンナ・ゴットリープもいたことでしょう。

ザルツにおいてはシカネーダーがベルナウアリンで興行を打ったことよりも、モーツァルト一家の友人として射的に興じたりしたことの方が鮮やかに語られてますね(笑)。「後に共に『魔笛』を作ることになるシカネーダーともよくゲームをしました」と音声ガイドにあったのは嬉しかったなあ。射的のマトも何枚か飾ってありました…いちばん強烈なのはコレですけどね(^^;)。…コレを撃つのか?空気銃で?レオポルトやナンネールが??(^^;)

なかなかにアレな絵柄の多い射的のマト、ガイドにいわく「しばしば友だちをからかう(ただし傷つけることはない)絵柄のものが使われました。」とのこと。今回は見つけられませんでしたがクルト・ホノルカのシカネーダー伝の中で出てきたマトには「俺は誰とも長続きしないのさ!」と女の子くどいてるシカネーダーの後ろで「彼はきっと帰ってくるわ!」と前の彼女がうそぶく…なんてのもあり。これを打つわけだ。空気銃でヴォルフが。…面白すぎます。こういうのを集めた博物館とかどこかにないものですかね。

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レベッカ

ちょっと観劇話も。
ウィーンはライムント劇場でクンツェ&リーヴァイの新作「Rebecca」を観て来ました。
ウィーンのミュージカルといえば長年アン・デア・ウィーン劇場だったんですが、今は西駅から地下鉄1コのところにあるライムント中心みたいですね(一時的なのかもですが)。ちょっと大通りから一本引っ込んだところにあるので、はじめて行く方は最寄り駅から人の流れについていくのが吉です(いや、地図見りゃいいんだけど)。

アン・デア・ウィーンよりやや小規模かな。全体綺麗だし、二階・三階席も観やすそうでした。かの「エリザベート」みたいに舞台がマス状にがったんがったん上下したり全体がV字型に傾いて俳優ザラザラ落ちていったり、そういう無茶はなかったですが…いや今回も十分「オーストリアには消防法っつーものがないのか?!」と疑問に思ってしまうスゴイ舞台美術でございました詳しくは後述(笑)。

★★★以下ネタバレです★★★

天涯孤独の主人公「わたし」(名前は明示されない)は、金持ちのヴァン・ホッパー夫人のお付きとして旅していたモンテカルロのホテルで、英国紳士のマキシム・ド・ウィンターに見初められる。マックスはマンダレイというコーンウォールの有名な城に住んでおり、一年前に先妻レベッカを海の事故という形で失っていた。後妻としてマンダレイに入った「わたし」は表面上は受け入れられるが、美しく才能豊かだった先妻レベッカの影に次第に追い詰められる…。
デュ・モーリアの原作とヒッチコックの映画いずれとも、基本のストーリーは同じですが、ミュージカル版なりのオリジナルな展開も少しずつ。小説も映画もそれぞれ、媒体ならではの迫力あるサスペンスに仕上がってましたが、舞台はまた生の「舞台」でしかできない効果がふんだんに使われていてすっごく面白かったです。

主人公の「わたし」はセカンドの人でJANA STELLEY。背が小さくて子供っぽい印象の人で、終始「服に着られてます!!」て感じが、ある意味この役に合ってるかな…と思いました。しかし後半でもその子供っぽさが続いてしまったとこが残念。もうちょっと「いろいろ辛い経験して大人のオンナになってしまいました」感が出れば嬉しかったかも。とはいえ歌は文句なし、キーはとてつもないわ難曲だらけだわの各場面、バリバリ歌い上げてくださり、客席からはブラボーの嵐でした。エポニーヌやメグ・ジリイ、コンスタンツェも経験されてるみたいですね。

マキシム・ド・ウィンターはかのUWE KROGER氏。前に観たのは3年前のベルリンレミのジャベールだったっけ。「あわよくばこの人で観たいなあ」程度で行った罰当たり(^^;)ですが、無事マキシムを観られて嬉しかったです。いやホントに、どうやったらああも迫力と表現力のある「歌」が歌えるんだろう。

先妻レベッカに心酔し、「わたし」を精神的に追い詰めていく女中頭のダンヴァース夫人を演じるは、こちらもセカンドのKERSTIN IBALDさん。背が高くて痩せていて、主人公もウヴェさんもはるか下に見下ろしちゃうし迫力はもちろんあるしで、見た目からして最強キャラでした(^^;)。原作・映画ともダンヴァース夫人は重要な役どころでしたが、ミュージカルではまさしくこの方が話全体を締めるキーパーソンで、曲も場面もラストも本当ーにカッコいい。
ただなんというか「わたし」とダンヴァースって、見た目上は若くて健康な「わたし」の方が優位で、一見地味な使用人であるダンヴァースが次第に妙な迫力発揮してきます怖いです、というバランス感覚が理想だと思うのですが、今回ちょっとダンヴァースが強すぎるかなあと思いました。まさに大人と子供。「いや、勝負にならないって…」とつぶやくことしばしばでした。

レベッカの従兄弟にして愛人だった小悪党のジャック・ファヴェルはCARSTEN LEPPER。「蜘蛛女のキス」のヴァレンティン、「ファントム」のラウル、「ウェストサイド」のトニー、そしてルイジ・ルキーニと…さもありなんて感じ「うわこの人、多芸そう…」て印象のカッコイイ方でした。粋で嫌味で明るくて悪そう(笑)、というイメージのファヴェル、出番少ないけど印象的なキャラですね。原作がそうでしたが、このミュージカルにしても、ファヴェルとダニー(ダンヴァース夫人)の微妙な共闘関係なんか、いろんな取り方ができて面白いと思います。

ちょっと意外で、イイなと思ったのが、レベッカの死の秘密を握りながら精神薄弱かつ脅されたせいで黙しているベンの存在。原作では不気味で気の毒、映画ではちょっと印象薄い感じでしたが、ミュージカルだと浜辺で歌うこの人のソロが印象的で、主人公と心を通わせる、つかみ所はないけどやさしい子供の心を持った青年みたいな感じが素敵でした。沈没船を引き上げる群衆の曲では、不安にかられてマキシムを探す「わたし」、なんだかわからないけどあの女性を助けなきゃ!と思ってるベン、それを笑って突き飛ばして「はっはぁついに何かが明るみに出るぞ!」と笑うファヴェル…という3人の動線が実に盛り上げてくれます。

イギリスのお話だから、要所要所は英語になってるんですね。称号チックに呼ぶときはヘルやフラウでなくミスタ・ミセスだったり、ホッパー夫人が「私はアメリカンウーマンよぉぉ!」と見栄きる曲なんかも日本語にしたらしたで感じ出そう(笑)。そもそもレベッカのスペルなんかもドイツ語ならRebekkaになるそうだし、パンフでもコーンウォール地方について詳しく解説してあったりして、エリザやヴァンパイアと比べるとある程度、異国な雰囲気を大事にして作った作品なんだろうなと思いました。

場面的に一番「カッコいぃぃ!!!」と思ったのが一幕ラストの舞踏会のシーン。
1.螺旋階段を中心に歌い踊る舞踏会会場の人々。
2.螺旋階段と会衆ごと盆が回って沈んでいき、支度をする主人公の部屋の場面に。
3.身支度を整えた「わたし」が得意満面で歌いながら螺旋階段を降りていく、それと同時に盆が上がっていく。
4.螺旋階段を降りてくる「わたし」を見上げて絶句する人々。
…という流れ。規模は違うかもですが「サンセット大通り」でもうわーすっげーと思ったこういう「パーティの人々ごと奈落に下ろしたり上げたり」というの大好きです(笑)。
ホッパー夫人が舞踏会に呼ばれているのはミュージカル版のオリジナル設定ですが、パーティ場面を盛り上げる花形としてここを一曲盛り上げるのが役割…と思いきや、この人が第三者としてその場にいるお陰で「なぜ主人公の仮装を見て会衆が激烈な反応を示したのか?」という解説をさらりとやれる、この辺うまいなあと思いました。
んでさらに
5.階段を泣きながら駆け上る主人公、階段の裾に呆然とした表情でしゃがみこむマキシム、不意に曲が盛り上がり、下手奥から高らかに「レェベーーーッカァァァ!!」歌いながら進み出てくるダンヴァース夫人。曲が高まり、「わたし」とダンヴァースがキッ!!とにらみ合った瞬間に暗転・一幕終了!!
という展開。…もうカッコイイのなんの。ああ、もし日本でやるとしたら本当ーーーに配役こだわっていただきたいダンヴァース夫人。影の主役??とんでもねえ普通に主役だこの人(^^;)。

「ううむ」と思った点は後半、義姉のベアトリスに励まされた「わたし」がド・ウィンター夫人は私なのよ!と開き直るところ。これまで防戦一方だった「わたし」がついにダンヴァース夫人に立ち向かう…のはいいんだけど、一幕でひと悶着あったレベッカの形見のキューピッドの人形をもう一回、しかもわざと壊すのはやりすぎじゃないか?と。まず人形が直ってた時点で「おいおいおい」と思ったけど(^^;)。
これは「わたし」とダンヴァース夫人の演技プランによってずいぶん印象の変わるシーンではないかと思いました。今回の人たちだと「わたし」が本当に力強く立ち上がったというよりまだ子供っぽい虚勢を張ってるように見えたのと(女優さんが小っさいからそういう印象になっちゃうんだな…)、ダンヴァースはダンヴァースでそのいうなれば子供の我侭にオトナが本気でうろたえてるように見えて不甲斐なく思えたのと(これまた180ちかくある人だったもので以下略)。

あと、レベッカの通ってたお医者さん宅に行くところ、原作では夫婦二人とも一緒にロンドンに向かい、映画ではマキシムが行って「わたし」は残る、という展開でしたが、ミュージカルではマキシムが残って「わたし」が大佐と一緒に聞きに行くという…正直「いやおかしいだろうそれ」と思いましたけど、このへんのニュアンスは舞台の台詞の正確なところがわかるまでは謎です(^^;)。うーん前述のキューピッドの人形の件もそうなんですが、「わたし」の性格が「不安に押し流されそうになるのを必死に持ちこたえている」というキャラから急に逸脱して妙に積極的になる、その唐突さに違和感を覚えることがしばしばありました。これは演出上のものか「わたし」を演じる女優さんによるものか、はたまた単に言葉がわかってないからか(いやその可能性高いけど)なんともわかりません。

最後にクライマックスシーンについて。

★★ネタバレ本当にご注意を★★

「オーロラじゃない、あれは…マンダレイだ」

決め台詞とともにマンダレイへ走る「わたし」とマキシム、紗の降りた舞台の奥は炎上するマンダレイの広間。白いローブ(レベッカのガウンかと思いましたが、違うかも)を羽織り、螺旋階段の上で火のついた燭台を振るいつつ泣き笑いながら歌うダンヴァース夫人。二人が見守る中、炎を吹き上げる階段が沈んで行き、火だるまのダンヴァース夫人が駆け抜けていく…。

…野暮なツッコミですが。
だから、消防法は。

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シカネーダーとウィーン

シカネーダーの一座は何度かウィーンでも公演していますが、最も隆盛を極めたといえるのが「魔笛」直前の1789年、ヴィーデン劇場からアン・デア・ウィーン劇場にかけて活躍を重ねた10数年間なんだそうです。そこいらをまた年代逆順に追ってみました。

■シカネーダー城
ウィーン北のヌスドルフ。ここにかつてシカネーダー城と呼ばれていた館があります。
原研二氏の「シカネーダー」の表紙になってる「魔笛」の天井画のあるところ。50才過ぎていったん隠退しかかった(すぐ戻ったけど)シカネーダーが買い取って改築した屋敷で、その後わりとすぐ人手に渡り、20世紀になって作曲家レハールが買い取ったので普通はレハール城と呼ばれてるみたいですね。
「シカネーダー」の中の写真ではけっこうゴージャスなお屋敷ですが、あれは中庭側から撮られていたのかな。道に面したほうは現在は派手目に塗られて、こんな感じです。_044


真ん中に「レハール城」ちいさく「シカネーダー城」と書いてあって、左にレハール、右にシカネーダーのレリーフが飾ってあります。


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しかし「館」全体としては道のこっち側から見るととっても普通だ(^^;)。…それでも今回の旅でそれなりにレリーフなり名前なりを刻んであるのを見れたのはここだけだったりする(^^;)。中は普通に事務所や住居に使ってるみたいで、見学もできそうになかったので(ていうか外にも中にも人っ子一人いる気配ないんだよ…)、
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大使館などがあるその辺りの閑静な佇まいや川辺を少し歩いて、市内へ戻りました。

■せっかくだから
アン・デア・ウィーンも通ってみた。ウィーンミュージカル観にいく人たちにはおなじみですね。現在では使われていない旧・正門の上にパパゲーノと三人の童子がいます。_051

アン・デア・ウィーンは当時「劇場そのものに入場料取りゃいいのに」と評されたくらい豪華な劇場だったみたいで。エリザ観たときに一度だけ入ったけど(今の建物は復元版なのだそうですが)、縦にどどーん!!と何層も重なった客席、当時の着飾った人々が並ぶ様はさらに絢爛たるものだったんでしょうね。
「魔笛」が初演された劇場、シカネーダーがアン・デア・ウィーンを建てる前にずっと活躍していたフライハウス(ヴィーデン劇場)は、川(いまは市場)を挟んで反対側にあったそうです。新劇場を立てる時は日を決めて建築現場をショー仕立てに見せたりもして、フライハウス一丸となって宣伝しまくったそうで…楽しかったろうなあ。

■シカネーダー通り
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これも旧フライハウス地域の近くにあったので行ってみました。シュトラーセじゃなくてガッセです。ふっつーの道だけれども通り抜けてみたらこおいう店が(笑)。_053

見つけた瞬間「ここかあ!」と叫んでしまいました…いや、ドイツのサイトを「Schikaneder」で検索すると必ずここが先に見つかるもんで、なんなのこれライブハウスなの劇場なのお店なの?と長年謎に思っていたもので。結論からすると映画館が主で、いろいろやってるのかな。

■ミヒャエル教会
モーツァルトが亡くなった頃はヨーゼフ二世のお達しで、葬儀・埋葬はごくごく簡素に行われた、というのはよく知られていることですが、ここが19世紀は拡大解釈されて、「天才モーツァルトは惨めに葬られた」的なイメージが強調されすぎていたのだそうです。
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ごく最近わかったことで、実際にはここミヒャエル教会でシカネーダーの依頼で友人たちによる追悼ミサが行われていたのだそう。知られている限りこれがモーツァルトの最初の追悼ミサで、「翌年プラハでミサが行われるまではちゃんとした葬儀もなかった」という19世紀説はやっぱり誇張だったんでないの、と言われています。

■ウィーン他さまざま
何かあるかなと思って立ち寄った演劇博物館。サケッティの舞台装飾のミニチュアや「魔笛」系の資料少し、ハンスヴルストの版画など、ちょっと縁がなくもない展示物はありましたが概ね純粋に「演劇史」という感じで、1800年前後に限っていうとあまり資料はなかったなあ。
あと最近、復元されたというモーツァルトの住居(ウィーンで住んだ中でいちばん広かった家)に行ってきました。この後回るモーツァルト系の資料館に通していえることだけど、展示物はそんなに多くないけど日本語ガイドがとても詳しくて面白く…そして長い(^^;)。ここのガイド内容で興味深かったのは「魔笛」のモノスタトスのモデルになったと言われているムーア人のエピソード。あと、「フィガロの結婚」はウィーンで一回、皇帝陛下に上演を禁じられてその後ダ・ポンテが上演にこぎつけるまで苦労した、という…いやこのエピソード自体はメジャーなんだろうけど「その上演中止にされたプロデューサーがシカネーダーなんだよう」と一人心で呟くんだった(^^;)。この辺の「フィガロ」にからむ「シカネーダー」の記述はむっちゃくちゃ面白いです。…それにしてもこの博物館、「フィガロ」や「ドン・ジョバンニ」は際限なく詳く教えてくれるのに最後の「魔笛」のコーナーまで来ると急に音声ガイドがなくなるですよ(T_T)…絶対今まだ作ってるんだよ…次ウィーン行くときに雪辱戦せねばなりますまい。いつだ(T_T)。

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シカネーダー終焉の地

精神的豪遊ツアーから帰ってきました。明日からはたらくぞー。おー。(←カラ元気)
つらつらと旅レポートなぞ。まずはウィーンから。

■旧・ヴェーリンガー墓地
狙ったわけではないけれど妙に老→若の順に辿ることとなった今回の旅路、基点はいきなりお墓参りからとなりました。
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1812年9月21日に没したシカネーダーが葬られたのがここ、現在のシューベルト公園の場所にかつてあった共同墓地。区画整理で公園になって、同じ地に葬られていた著名人(シューベルトやベートーベン)はきちんと中央墓地にお墓を移されたそう…だけどシカネーダーの眠る地はそのままなんだろうな。記念碑なんかも当然、楽聖さまたちのものしかなく、ワニやキリンの遊具、犬の散歩スペースに芝生、と、普通の近所の憩いの広場になってました。遊び場の下に眠っているというあたり、まあ、らしいっちゃあらしいか。この際もっと賑々しく、プラター公園やアン・デア・ウィーンの地下に骨を埋めたかったかも座長。

■終の棲家
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終焉の地、フロリアニガッセ10番。
まあいくら古っぽくてもこの建物自体は戦後のものだろうなあ。通りを歩いて抜けてみたところ、普通の市街地でした(そりゃそうだ)。
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晩年のシカネーダーは戦争に伴うインフレで財産をすっかり無くしており(いやその前にも劇場やらお城やら、お金はスポンサーのも自分のも使いまくったんだろうけれども)。地方で公演を打とうとするも錯乱して舞台を叩き壊させ、そのまま病んで(アルツハイマーと推定されています)ここ、ウィーンのフロリアニガッセ(U6のJOSEFSTADTER STRASSE駅の近く)のアパートの一室で亡くなりました。記録上の死因は「神経衰弱」。貧困のうちの死ではあったものの、かつての劇場主のためアン・デア・ウィーンでは30日(魔笛の初演の記念日)に劇団葬が挙げられ、モーツァルトのレクイエムが演奏されたのだそうです。
最期を看取った奥さんのエレオノーレはこの旦那さんにある意味すごく相応しく波乱に富んだ人生だったようです。ショップフ一座で半年年下のシカネーダーと出会い結婚…したけれど2年後にはシカネーダーは少なくとも2人の女性に子供を生ませているそうな(^^;)。度重なる旦那の浮気の中、エレオノーレはシカネーダーの盟友ヨハン・フリーデルと駆け落ちしてしまいます。そのフリーデルという文学青年はしばらくエレオノーレと共に別の一座を切り盛りしますがウィーンのフライハウスを手に入れた後、38歳で夭逝。相続人となったエレオノーレは、レーゲンスブルクでまた女性問題起こして困ったことになっていた(^^;)元旦那をフライハウスに迎え(それが1789年「パリに革命が…」の年だ辻褄合うなあ(笑))、その後はシカネーダーの成功と失墜の人生に最期まで付き合ったとのこと。悲劇のヒロイン役からコミカルな女将さんの役までこなす、旦那同様、多彩な女優さんだったんだそうです。…いやホントにこのエレオノーレとエマヌエルとヨハン・フリーデルの話というのはドラマ仕立てにしたら実にイケるネタが満載なんじゃないかと…誰か舞台化しませんか。

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シカネーダーツアーを決行してみた

テーマ「暗い日曜日のモデルのレストラン+観劇(M)+観劇(E)+観劇(L)+観劇(V)」で周遊した(^^;)2004年春からほぼ3年ぶりのヨーロッパ。
今回のテーマはシンプルに「シカネーダーゆかりの地を巡ってみよう」。なんせ南ドイツとオーストリアを中心にあらゆる街を旅から旅へ…の方なので代表的なところだけ、ウィーン→ザルツブルク→レーゲンスブルク&シュトラウビンクと。今日はレーゲンスブルクに泊まってまして、明後日帰る予定です。

電車か歩きであっちこっち。自分的には長年行ってみたかった場所ばかり、「ホントにあるんだもんな…」の連続でものすっごい楽しいですが正直これ心の底から地味なのでお勧めできません(^^;)。「ごく普通の通り」とか「ごくごく普通の街並み」とかをてくてく歩きつつ「ここが200年前はああだったこうだった」と想いを馳せるのはすっごい面白いんですが…いやーウィーンといいザルツといい生誕地シュトラウビンク(今日行ってきた)といい、マジでほっとんど記念碑のひとつもないんだわシカネーダー。モーツァルトと比べるのが間違ってるけど座長、あんなに派手に生きたのに地元にネタがなさすぎる(^^;)。モーツァルト系の博物館資料館どっさりあるんだから一部屋くらい座長特集組みましょうよヴォルフ生誕250年(終わってるし)。

というわけでこれ以降断続的にこのシカネーダーツアーで歩いたところを追って行きたいと思います。写真も少し。アップに時間かかるから帰ってからになりますけども。
…とか思いつつ部屋の電話線と悪戦苦闘した末わかったことには、今日の宿は10ユーロで無線LANが使えるホットスポットだった(^^;)。「オルフェウスの窓」でベルンハルト・ショルツ先生が泊まった(爆笑。パッと分かる方いらっしゃいます?!)由緒正しきホテル・マクシミリアン、調度はクラシックながら設備は行き届いてます。今回でいちばん高いんだ今日の宿ー(^^;)。

そーして行く先々で2007年「Mozart!」の告知まだかとチェックしてる自分がなさけない(爆)。

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あけそめし

朝起きてズームインのドミノに感激し。ひるめしを食べながら12月の「愛ッパ!飛び出せ稽古場」VTRをやっと見た(^^;)そんな年明け。
感想は「ジェンガに負けた表情がすばらしすぎる」に尽きるな(笑)。いえ四輪バギーで風切る顔もたいそう素敵でございましたが。今年もよろしくですよ贔屓役者様。

さて明日よりひさびさに中部ヨオロッパに行ってまいります。
3年くらい前に行った際にはもうひたすら観劇ばっかしで、合間はろくに名所も行かずに大抵公園とかでまったりソーセージ食べてましたが今回はテーマを決めていくつか回ってみようかと(でもレベッカは観る)。
ウィーンからザルツブルク、それとなぜかレーゲンスブルク(笑)と、行けたらシュトラウビンク…………これだけ聞いて「ああテーマはシカネーダーね」って分かった方はオタクだ。一緒に行きませんか(爆)。
なんせお正月なんであちこち開いてない危険もアリだしいろいろと行き当たりばったりですが(^^;)楽しく回って来たいと思います。

関係ないけど「空の境界」映画化ブラボー。
こちらも今年もよろしくですよTYPE-MOON。

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