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2005年8月の10件の記事

前にも書きましたけども

「FINAL FANTASY VII」というゲームの続編にあたる映像作品、通称「FF7AC」の発売が近づいてます。知ってる方は知ってると思いますが、この作品、ここ数十ヶ月にわたって逃げ水のように発売日が遠ざかってく感じで東宝版"Tanz der Vampire"の正式発表と同じくらい世間から「まだですかー!」の声が上がってた代物で…すいません、どっちジャンルの方にもピンと来ない話ですね(^^;)。

で最近、コンビニに行くと予約特典のポスターがよく飾ってあって、主人公のクラウドのイラストを目にする機会が増えてるんですけども。

このクラウド、髪型が金髪のツンツン頭で、色が白くてやや小柄。
見れば見るほど「SHIROH」のゼンザ(泉見洋平さん)にそっくりだったりして。
いや、性格はゼンザというより四郎様みたいな苦労性でしたが…。
(それでいくと小左衛門あたりザックスでどうだ)

すいません、帝劇でこの話しても誰もついてきてくれないもんでつぶやいてみました…。
はやくゲキ×シネ観にいかねば。

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まいはぷにんぐ

なにしろ趣味も仕事も座りっぱなしで、日ごろからけっこうな運動不足なもんで、週末の帝劇へは自転車で行くことが多いです。土日は道もすいてるし、たらたら走っても2、30分くらいで着くので、地下鉄より速いこともあって。

で昨日もチャリで帝劇へ。ソワレ「Mozart!」堪能しまして。
出てきたら

サドル盗まれてました…

なんかもう我ながらツッコミどころ満載で。
「今日の『ちょっぴり』の歌い出しは黒くてカッコ良かったなあ」とか「ともよちゃんの一幕ラストの表情ははスゴイなあ」とか「魔法の笛でヴォルフがシカネーダー叩くとこの『痛ッてー』は良かったなあ」思いながらぼんやりカギはずして走り出して、ようやく「あれっ」と思ったせいでそのまま転んだとか。
お陰で目の前にいた通行人の人をかなりびっくりさせたとか。
いちおう(まあ類似の事件が頻発してるとかあるかも知れないし、と)近所の警察署に被害届け出しに行ったら「時価」の欄に「2せんえんくらい」と書かざるを得なかったとか。
「どうやって帰るの?」と警察署の人に言われて「はぁ、タクシーで」と答えたものの、なんとなく走り出したら行けそうで結局、自宅まで立ち漕ぎで爆走して筋肉痛になったとか。
途中、酔っ払いのお兄さんに「なんでイス、ないのー」とおおーきな声で叫ばれたのにリアクションも出来ず逃げたとか。

今日は電車で行こう(T_T)。

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逆転

2002年「Mozart!」初演の時によく言われた話で、二人のヴォルフガングがまるで「ガラスの仮面」の北島マヤと姫川亜弓のよう、というのがありました。
語弊を承知でまとめちゃうと、正統派な役作りと完成度から井上芳雄くんが亜弓、その自由さと野性味、荒削りで予測のつかない演技から中川晃教くんがマヤだと言われてましたけど。

今期の「Mozart!」でしみじみ思ってるのが「ああ、私の中ではマヤと亜弓が逆転したなあ」っていうことで。

中川ヴォルフはミュージカル「Mozart!」のヴォルフガングの「典型」に成長したと思います。天才、奔放、反骨、悪気はないけどハタ迷惑…と、もとからイメージはヴォルフにぴったり、ではありましたけども、そこに芝居の細やかさと安定感が加わって、ああヴォルフガング・モーツァルトがそこに生きてるんだなあ…という雰囲気。

一方の井上ヴォルフは…なんつうかな、根底に理性や計算はあると思うんです、思うんですけども本当に今年は「何をやらかすかわからない」(^^;)。ヴォルフの狂気、ヴォルフの天才、ヴォルフの馬鹿さが、芳雄くんのノーブルな雰囲気と「混ざって」、どっちに爆発するかわからないみたいな。これが本当に、本当に面白い。
それと周囲のキャストを面白くさせちゃう技術。「芳雄くんは周りに合わせる、アッキーは周りが合わせる」と当時よく言われましたが、今の芳雄くんは「周りに合わせさせちゃう」勢いがあると思うので。

「ガラスの仮面」の中で「奇跡の人」のヘレン・ケラー役を亜弓とマヤがダブルキャストで演じたとき、サリバン先生役の姫川歌子(亜弓の母親)が、マヤのヘレンに役者としてインスパイアされて、毎回、サリバンとヘレンとして舞台での真剣勝負を重ね、客席からはそれがものすごく新鮮に映った…というエピソードがありましたけども。
わたしは芝居へのスタンスとかは亜弓のほうが好きなんですが(笑)、姫川歌子のファンはたぶん、マヤの方の芝居に通い倒したと思うんだな。

二人のヴォルフ、二人ともヴォルフとして舞台に生きているし、どちらの解釈も演技も好き。ただ、共演者オタクの自分としては、初演ではアッキーの時、再演では芳雄くんの時に「あの人はこのヴォルフと関わって、どういう芝居を見せてくれるかな?」というワクワク感が溢れてくる。
そんな今年の「Mozart!」でございました。(いえまだ先がありますが(^^;))

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Mozartのツボな人々8

「Mozart!」東京公演も残り少なくなってきました。名古屋・博多があるといっても、大阪がそうだったように東京もこの二ヶ月が一つの公演なのであって、ここで一旦終わって名古屋ではまたリセットかかるんだろうな。ひとつひとつのお芝居も客席の雰囲気も、もちろんキャストも、来週が大楽な気持ちで見届けたいと思います…あーーー帝劇も大好きだったなあ(T_T)。
大阪の舞台の近さや客席のノリの良さも大好きでしたが、東京で何が嬉しかったかって「Mozart!Mozart!」で拍手が全く起きない緊張した空気でした。これは両ヴォルフと周り全員の「熱狂」のパワーで、「Mozart!Mozart!」とういナンバーが完成したってことでもあると思うのですけど。

昨日ソワレでツボに来た人々について。

■井上ヴォルフ
レクイエムの作曲中に赤い羽根ペンが吹っ飛んで、正面側のスツールの上に落っこちてたたみたいですね。「Mozart!Mozart!」ではオペラグラスでいかにヴォルフとシカネーダーを両方観るかでいつも(爆)じたばたしてるもんで見逃したんですが。自分の腕にペンを突き刺すところは手でそういう振りにしていて、でも特に違和感はなかったな。
アマデが白い羽根ペンを差し出して(愛子ちゃんのタメも最近、凄いなー)それを見つめながら立ち上がるところ、ガターンと椅子が倒れたのもすごく「思わず」って感じの動きにハッとさせられていい感じ。段取り的にはハプニングなんでしょうけど、セシリアがすっごい自然に椅子を立ててからお金を取ってたし「その動線でいいじゃん」と思ってしまった(笑)。

■木村コンスタンツェ
「ダンスはやめられない」の曲で「流れる血にシャンパン」のところ自分の手の血管を見つめてるようなのがなかなか好き。少しずつ振りとか変えて工夫されてきてる感じですね。「燃えてー」で両手振り上げるのもなくなったし。あとは、「ダンスパーティーに行くうー」の「うー」と回転の段取りっぽいところをなんとか…ごめんよホントうるさい客で。
とはいえやっぱり彼女のお芝居は好きです。ヴォルフの混乱のシーンの最後、コンスタンツェを抱きしめるけど正面に向き直っちゃって「大人になった男は」っていうところ。そこまでなんとかヴォルフについて来てた彼女がついに失速する場面だと思うのですけど、ここでなんか久しぶりにコンスタンツェに感情移入できた感じで。「待って」じゃなくて「行かないでヴォルフガング!」になってるのは時々なのかな?昨日初めて見ましたが、うわっと思った。
あと赤いペンを持って「あなたが愛しているのは自分の才能だけ!」って歌ってヴォルフが奪う、という動きも好きです。これは芳雄くんバージョンの時だけかな。

■高橋アマデ
凛として誇り高い愛子アマデ、なんかさらに男前になっていく…。
またヴォルフの混乱場面についてですが、もう愛子ちゃんの場合本当に「才能が叱咤する」シーンであって、子供が嫌悪を表すのでも自己主張しに出てくるわけでもない、大いなる存在が「お前は何をやってるんだ」と一喝するイメージが感じられてゾクゾクします。男爵夫人を指し示すまでの、甘さのぜんっぜんない動きが最高ですね。

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Mozartのツボな人々7

あーあと10日で終わりだ。もう一日だって逃したくない(T_T)。

■川綱アマデ
先週末に2週間ぶりくらいで観たんですが、以前よりちょっとクールな感じになりましたね。前はヴォルフの首絞めるシーンで軽くスキップしたり、ものすごい下目使いで嘲笑するふうだったのですが、そのあたりはおさえた表現になってて。
治加来くんの場合、「赤いコート」から「僕こそミュージック」の笑顔観てるだけで泣けてくるようなところがあります。この時点ではヴォルフとわかちあっていた全開の笑顔が、だんだんなりを潜めていくあたり。二幕のコンスタンツェが戻って来て契約書を破った後、ゆっくりペンを置いて目を閉じる動き、ここが本当の「分かれ道」に見えるのも凄いなと。
あと、初めて下手で観た治加来アマデのラストシーン。いつ流れたのかはわからないけどヴォルフと向き合うとき(メジャーとマイナー…のところ)では本当にほほに一筋の涙が流れた跡があって。覚悟を決めたヴォルフと最後に向き合うところも、アマデの方から手をあげてヴォルフの左ひじをつかむ…いろいろな点でやっぱり実にオリジナルなアマデでございました。

■高橋アマデ
赤いコートの場面、「どうだいよく似合うだろ」ってヴォルフが歌うところで、「ぴっ」と自分の上着を引っ張ってみせるとこがえらいツボでした。さすが愛子ちゃん、粋だわ…。
話が古いですけど大阪初日、最後に落ちた羽ペンが地面に立ったんだよな。

■香寿男爵夫人
前にも書いたかもですが、「星から降る金」を歌い終えて最後ににこっとヴォルフに笑いかけるところ、アマデに笑いかけてるようにも見えるのがホントにいい感じです。
14日マチネ、下手から観てたんですが、芳雄ヴォルフと渚アマデがホントに全く同じタイミングでくるっと男爵夫人を見て、それにふっと笑いかけて去っていくのをみてしみじみ感動。

■砂川直人さん
トーアバルトのイヤらしさもすごいですが、前半の善良な市民っぽさもけっこうツボだったりします。ナンネールがアルコにたてつくところで、何人かが軽く「よせ」という仕草をするのですが、中でも好きなのがこの方と縄田さん(^^)。

■中川ヴォルフ
一幕ラスト、アマデに向かって「おい、行こう!」というところ、「行こ?」とちょっと問いかける風に呼んでたのがすごく切なかったです。箱を取り上げて「ほら、おいで!」という呼びかけ方も優しくて。この時点ではアマデは彼にとって友だちであり自分自身でありでも子供であり、自分を縛ったり支配したりする存在だなんてカケラも思ってないんだなあと…。

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ふと思い立って

ひさびさに「いきなり次回予告」で遊んでみる。

シカネーダー「事件は会議室で起きてるんじゃない、
ヴォルフの実家で起きてるんだ」
次週水曜ロードショー「踊るコロレド大司教 THE MOVIE」。
ご期待ください。

…どんな事件か(笑)。

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シカネーダーについて

すっかり読みづらいデータベースになってしまった当ブログ。
ココログで可能な範囲で(^^;)話題の多い順にカテゴリを分けなおしてみました。この際開き直って「シカネーダー」もジャンル化した(^^;)。
記念に(笑)今までにみーはーモードで整理した座長のプロフィールなんぞを。ソースはこれまでにも何度か出ている原研二著「シカネーダー」(伝)」およびクルト・ホノルカ著「魔笛とウィーン」、他。本のほうが100倍面白いので、興味のある方はぜひ(^^)
ネタが多いなあ、しかし…。

■ぷろふぃーる
□誕生日:1851年9月1日

□本名:ヨーハン・ヨーゼフ・シケネーダー(微妙にスペルが違う)

□両親:お屋敷の使用人同士。

□兄弟:甥のカール・シカネーダーの伝記によれば12人兄弟の末っ子とされるが、実際には兄が3人姉が1人おり、弟もいた。

□少年時代:幼少時をレーゲンスブルクの音楽学校で過ごしたといわれ、それで自称「レーゲンスブルク生まれ」と名乗っているが、出生届は南ドイツのシュトラウビンク。あんまり資料がないみたい。父親の職業や居住地がコロコロ変わっていることから判断して、わりと貧乏で放ったらかしだったのでは…。

□役者になったきっかけ:一人または兄貴と二人でフラフラ歌いながら旅をしていた(吟遊詩人?(^^;))ところ、24歳の時に旅回りのモーザー一座の公演を観て「これだ!」と思ったとか。ただしこれも「レーゲンスブルク生まれ」と同様、信憑性はなんとも。

□レパートリー:旅芸人時代はハムレットがはまり役だったらしい。ただしシェイクスピアの原典をハッピーエンドに改作したもので(どんなんや…)、ハムレットがパーッと復讐する勧善懲悪娯楽作品だったみたいで。逆に観てみたい気がする(笑)。パパゲーノ的に、美味しく目立って笑いを取り捲る役を自ら書き、たくさんこなした。

□奥さん:一つ年上の女優、エレオノーレ・アルト。ミュージカル「Mozart!」ではシカネーダーの妻は座員のアンナ(←吉野FC会報誌情報)なので、登場していないことになるのかな。あんまりこだわらないほうがいいかもですね。

□恋人:ものすごくモテたらしい。女優・巡業先の女性・雇われ先の領主の奥さん・自分ちの使用人etcetc、生涯これスキャンダル…奥さんたまりかねて一度駆け落ちしてしまったけど帰ってきて(駆け落ち相手の青年が亡くなったんだけど、その人がフライハウス劇場を残した)、その後は最期まで添い遂げたとか。何モンだよ座長。

□子供:たくさんいる…そしてみんな母親が違う…(^^;)。自分で認知した子もいれば座員に父親がわりさせた子もいたとか。何モンだよ座長。

■モーツァルト一家との関係:
シカネーダー一座がザルツブルクに巡業した1780年、シカネーダー29歳、ヴォルフガング24歳の時に出逢って、以後、お互いあっちの街こっちの街行き来しながらも親交が続いていったらしい。小屋向けにヴォルフが曲を書いてあげたこともあったみたいで(そのアリアをヴォルフに催促するレオポルトの手紙が残っている)。
レオポルトとも親交が深かったらしく、パパからナンネールへの手紙にはよくシカネーダー一座の噂話が出てくる。ザルツブルクでの興行中は、モーツァルト一家にシーズン通しのタダ券を与え、一家はちょくちょく観に来たらしい。…ちなみにその時の演目にはコロレド猊下が武器庫の甲冑60着を貸してくれて、御自らもお運びになったとか…劇場でヴォルフたちと鉢合わせたりもしたんだろうか?絵的にミュージカルの「Mozart!」で想像すると相当に楽しい(笑)。

■コンスタンツェとの関係:
何があったか知らないがモーツァルトの死後、シカネーダーはコンスタンツェにむちゃくちゃ憎まれたらしい。コンスタンツェの二番目の夫のニッセンが彼女の言をもとにしてまとめたモーツァルト伝では、言ってしまえばスタンツェの言い分がすべて反映された結果、「シカネーダー=モーツァルトの才能を利用して儲けまくった人」というイメージがすっかり世間に定着してしまったとか。モーツァルトの伝記で有名なヤーンも、この話や「魔笛はシカネーダーでなくギーゼッケが書いた」説を取り上げており、20世紀になって見直されるまでシカネーダーはずいぶん世間では低く(悪く?)見られていたようです。

■「魔笛」以降
「魔笛」を上演したフライハウス劇場でその後もしばらくは興行を続け(モーツァルトの過去のオペラもドイツ語に置き換えてたくさん上演したらしい)、1801年に、ウィーン行く人には今もおなじみのアン・デア・ウィーン劇場を建設。この劇場の権利を手放さざるを得なくなったり、また雇われなおしたり、とにかくお金を使いまくり、もうけまくり、豪華絢爛な舞台をたくさん小屋にかけてまさしく「シカネーデライ」の限りをつくしつつも、50代以降は失敗した舞台も多く、じわじわと失墜の道を辿っていったようです。

■最期
戦争に伴うすさまじいインフレの中、晩年には破産に追い込まれ、精神錯乱の後に亡くなったそうです。
享年62歳。モーツァルトと同じく市井の共同墓地(ヴェーリンガー墓地)に、モーツァルトと同様に十字架も墓石もなく葬られたとのこと…。

■気になる話
Wikipediaのドイツ語版でいうことにゃ昨年の春、シカネーダーの人生を題材にした戯曲が書かれたとか…。TVなのか映画なのか舞台なのかもわかりませんが(語学力の問題(^^;))、いつかぜひ見てみたいですね。

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Mozartのツボな人々6

■木村佳乃コンスタンツェ
7月30日彼女の初日、マチソワしまして。ウェーバー家での登場時に「べたーっ」と寝てるところを観て「おお!そう来たか!」とかなり好感触。ナマケモノの女子ぶりが出てていいなって。
その後のキャラもすごく頷けるし一貫性があるし、で、これは墓場のシーンとかで必要以上に怖いのが取れたらかなり好きになるかも、と思いました。前半でヴォルフに一目惚れしちゃうところも、部屋に飛び込んでくるところの無鉄砲さも、ママたちが乗り込んできて「どうしよう!」っていうリアクションとか、「乾杯それともキス?」で誘っちゃうところとか(以前はヴォルフが自分で上着を脱ぐとこがなーんか、辛かったので(^^;))、ひとつひとつが面白いなと。

ただ、いかんせん、初日は2つばかり爆弾があり。

まず両ヴォルフとのデュエット。特にマチネの中川ヴォルフとの「愛していればわかりあえる」はこの曲歌い切ったらこの二人別れるんじゃないのか、と思ったくらいお互いに辛そうで、噛み合ってない。制御できない二つの力のぶつかりあい(グイン103巻の魔導師二人の正面衝突の記述を読んでこれを連想しちゃった(爆))。
「ダンスはやめられない」の歌と踊りについても。振付全体が「踊り」ではなく「守らなければならない段取り」のように感じられてどうしようかと思ってしまった。完全に前の二人の動線を踏襲する必要があるのかな?振付を変えないにしても少し単純化すればずいぶん落ち着くと思うのですけども。

とはいえ数日経ってもう一度観てみたら、「ああ、あれは初日ショックだったんだなあ」と思いました。見違えるくらい細やかなコンスタンツェになりつつあると思います。ウェーバー家で両親とケンカしながらもうまく甘えてるところとかいかにも三女っぽいし、ヨゼファとそれなりに仲良いのもいい感じ。ヴォルフへの惚れっぷりやイライラもすごくよく伝わってくるし。
…とにもかくにも残る関門は「燃えて、乗って、夢に溶ける」の振りかなー(^^;)。

■中川ヴォルフ
「Mozart!Mozart!」で作曲していくときの動きなんですけど、まず楽譜に線をぴっぴっぴっぴって書き込むんですよね。五線譜に丁寧に時間をかけて、小節の区切りを端から端まで入れていく。それからやっと書き始めようとする。で、止まる。
これってむちゃくちゃリアルに「書けない」ヴォルフの表現として成立してるなあと思ってちょっとゾクっとしました。わからない問題をとりあえず文字で埋めようとしたり、嫌いな食べ物の端に口をつけてみたり、ようするに「できない」自分に向かう前の時間稼ぎみたいなところが、曲全体に凄い緊張感を与えてるよなあと。

■井上ヴォルフ
「大人になった男は、自分の足で歩かなくてはならない」という台詞が最近、どっしりと妙な「覚悟」を感じさせる言い方になっていて、狂乱から魔笛→アマデとの綱引き→勝負→死、という一本ピシっと繋がる芝居があれで成立したなという感じ。
邪道と知りつつリピーター的に楽しくてしょうがないのがプラター公園や「友だち甲斐」での、その日その日の掛け合いや演技の新しさ。お約束的な日替わりアドリブ、というんでなく、単にそのときの呼吸で「あ、そう来るならこっち」っていうような、自然な行きかたがとってもツボです。この辺、MY贔屓とすごく共通するところなもんで(^^;)「魔笛」作曲シーンでの「ちょっぴり」のリプライズが楽しみでしょーがない。今日は頭突きか、笛奪うか?寄り添うか抱きつくか、髪いじるか?みたいな(爆)(爆)(爆)

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21Cマドモアゼル・モーツァルト(キャスト編)

本編全体については実にいろいろと、湧き上がる複雑な思いってやつが出てきてしまったのですが(^^;)。キャストやひとつひとつの場面については好きだな、と思ったところもとても多かったです。

★★★ネタバレです★★★

■モーツァルト(エリーザ)/新妻聖子
いやー良かったです。歌もお芝居も期待以上。雰囲気もエリーザの天然っぷりが実によく出てて。二幕冒頭のドレスがちゃんと「女装したヴォルフガング・モーツァルト」に見える、これは大事(笑)。発声のせいなのかそういうものなのかわかりませんが土居裕子さんのモーツァルトの話し方をすごく彷彿とさせるところがあって、あっこれは前作に意識がずれちゃうかも、と思ったのですがそれは杞憂で。実際はホントに華奢で綺麗な女の子なのに、どこか狂ってる(ああ天才ってやつぁ)キャラが良く出てました。後半で弱っていくさまの痛々しさも彼女の雰囲気ならではの、ホロリと来る明るさやいじらしさを感じさせてくれたと思います。(それにしてもやっぱり気になるのが、「急にそんなことを言われても」て感じのモーツァルトの死期の迫り方なんですけども(^^;)。まあその辺は旧作も新作も東宝「Mozart!」も多かれ少なかれ(爆))。
カッ飛びぶりがまた秀逸。コンスタンツェが戻ってきたときの「夫のおっぱいが大きいくらい…」云々の一人芝居なんかすばらしかったです(笑)。

■サリエリ/広田勇二
この作品のサリエリのイメージにぴったりな方ですね。プライド高くて繊細さを表に出せない(出したところでエリーザには通じまいが)、空回りしながらウオーと叫んでるのが似合う気の毒なインテリつうか。
冒頭でのフランツ・クサヴァ・モーツァルトの「噂」云々や、フランツ(弟子)の「どちらかが死ななければ」の強調ぶりに、勝手に「あ、今回は原作のサリエリ暗殺説を持ってきたのかな」と思い込んじゃって、観ながらいろいろ濡れ衣を着せてましたすいません(^^;)。最後にエリーザがくれた曲と手紙の内容は重なるのでしょうけど、そこは把握し切れなかったなあ。
しかし「もう飛ぶまいぞこの蝶々」の台詞で捨てたペン、この人が自分で拾ってはけなきゃならないのはどうかと思った(^^;)。これも含めて特に前半、「お片づけ」が目につくのがちょっと勿体なかったです。

■コンスタンツェ/中村桃花
すっごく溌剌としてて新妻エリーザと素敵なコンビでした。どちらかというと前半のキャラキャラした感じのほうが合ってたかな。それはそれで、振り回されるコンスタンツェの深刻さとかが後半、爆発する時の効果があると思うのですけども。
ダンナのことを「モーツァルト」と呼ぶのはどうか、と前作でいわれてたのが今回主に「ヴォルフィ」で統一されてるのはよかったなと(笑)。余談ですけど普段「Mozart!」の感想を書いていてどうしてもコンスタンツェを「コンス」と略せないのはこの作品の影響だな私(^^;)。

■カテリーナ/浜崎真美
96年コンスタンツェの一人でしたねー(遠い目)。それはおいといて今回のカテリーナ。
歌良し芝居良し。もっと出番欲しかったけど最後のフレーズがカッコ良かったとても素敵。しかしすいません、カツラが…どうしたカテリーナ、今回はそういうキャラなのか、と惑わされる強烈なヘアスタイル(^^;)。役どころも「後宮からの誘拐」での活躍ぶりでかえって薄くなったかな(後半せめてサリエリに一矢報いて欲しかった)…というちょっと覚束ない印象で終わってしまいました残念。

■フランツ・クサヴァ・ジュスマイヤー/丹宗立峰
正直でマジメで、素直に悩むフランツ、カッコ良かった。コンスタンツェとの出会いと時の流れのシーン、踊りも含め素敵でしたです…とはいえ「楽譜を拾う手と手が触れ合う」つうシチュエーションはいくらなんでもと思いましたが(^^;)。
あと、一幕終了後姿をくらましたところ無性に可愛そうでした(「フランツもいなくなっちゃったし」ってエリーザよぉ…)。

■コンスタンツェの母
マンガチックなキャラになれる人ってのはいるもんだなあ(笑)。
この人がモーツァルトに結婚を迫る誓約書(コンスタンツェが破ったという史実がある)=ブレツナーの「後宮からの誘拐」上演許可証=サリエリのチクリ手紙=エリーザから実家への手紙、と「紙」がどんどん渡っていくところとても面白かったです。

■レオポルト/園岡新太郎
さすがの巧さと安定感でございました。
ちょっと冒頭の「エリーザお前は天才だ」が安直過ぎないか(あれじゃ単にクラヴィーアが上手いから、に見える)というツッコミが発生したのですがとにかく、歌とかさすが。
でもお話的に、パパの存在(エリーザにかける影響)も薄くなったかなあ。最初の思いつきの「狂気の沙汰」感とか、「お前は父親しか愛せないのか」って言わせるだけエリーザの人格に深い影を投げてる、そういうエピソードがもう少し見たかった部分もあり。

■ナンネル/清田和美
前作だと(矢口容子さん)、わりと落ち着いたお姉さんだった気がするのですが、今回は原作ライクのどこかギスギスした開き直りキャラになってて面白かったです。「あの子のせいでみんなの運命が狂う」っていう台詞がすごく雰囲気出てて好きだなあ。
でもパパの死を伝えに来るのが彼女自身というのは帝劇のほうでやってるミュージカル同様、ちょっとご都合な感じが(^^;)。

■シカネーダー/藤田将範
大きい!!!エリーザとシカネーダーの身長差がたいへんツボでした(笑)。
それこそ戦争でもはじまったかと思ったシカネーダー登場のシーン。ドカーン!と湧き上がってくる音楽のパワーも高いとこ登りまくりの座長もらしくてカッコよかったです。
ここで登場してくるダンサーズ(シカネーダー一座の面々?)がみんな、茶系のみすぼらしい感じの衣装を着てたのはちょっと目からウロコでした。直前までの貴族たちのカラフルな衣装と対照的で、おお、びんぼーそうだ、なのにこっちのほうがカッコいい、そんなところが大衆オペラのパワーを感じさせて良いなと。あと、舞台上で座長が「座長ー!」と呼びまくられるのも、MY贔屓の別の座長には滅多にないことなので(笑)すっげーうらやましかったです。漫画原作で好きだった「偉大なる俗物」というフレーズが使われたのもよかったし、「パパ・パ」でエリーザ追い回すシーンもすごく好き。
ただやっぱりシカネーダーには、エリーザ=モーツァルトの秘密を知る、という、原作にしろ旧版ミュージカル(96年)にしろ「最後に何、おいしいどこ取りしとるんだ」と突っ込まれるキャラであって欲しい、という欲が残るのですが。
今回はこのへんは完全にサリエリに持ってかれましたね。原作のシカネーダーの一番好きな台詞で「まいったな、君はまるでパパゲーナそのものじゃないか」というのがあったのですけど(あぁ好きだー)これも形を変えてサリエリのもとに。96年のミュージカル版で心臓つかまれるくらい好きだった「『あんたは誰だい』」も当然なし、そしてエリーザを抱きかかえて月の前に立つシルエットも。…まあ今回の磊落なシカネーダーならあれでいいのでしょうね。かろうじてエリーザへの不意打ちキスがあったから許す(笑)。
しかし「魔笛」本編ではザラストロやってたですな、この座長(^^;)。どういうことかー。

■アンサンブル
前作のように白を基調とした衣装を着たモーツァルトのオペラから生まれた精霊たち(夜の女王、ケルビーノ、ドン・ジョバンニ、パパゲーナ…)が、ずっと通して他のキャラの役どころを演ずる、という趣向からは変更になってて。
音楽の精霊的な役柄の人たちは出てくるけど、場面によって衣装は変わり、民衆だったり貴族だったり普通に群集として出ている感じになっていましたね。

■パパゲーノ&パパゲーナ(上原基史&藤咲みどり)
「魔笛」の一連のダンスとても素敵でした。&「老婆は若い娘になりました」の一場面が一瞬だけ見えるところでは涙が出そうになった(;_;)。

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21Cマドモアゼル・モーツァルト(作品編)

パルコ劇場での公演を観てきました。チケット取り損ねてダメもとの当日券でしたが、なんとか末席で観ることができました。
とりあえず「21c」の読み方は「にじゅういちしー」で良かったんですね(笑)。

★★★ネタバレです。★★★

ここから先「前作」という言葉を使いますが、それは1996年の「マドモアゼル・モーツァルト」、その頃で既に、初演や再演版とはずいぶんと色々変わっていたらしい最終公演のことをさしています。

宣伝写真にはあの「地球儀」がいたので(正式名称不明(^^;))、過去の「マドモアゼル・モーツァルト」再演チックな印象もありましたが、先に観た方に「新しい目で観られる作品!」との評価を聞いていたので、なんとか自分的に「あれはあれこれはこれ」で観られたと思います。…なんとか(苦笑)。

曲を全て変えてきたのは凄いなあ。モーツァルトの曲をモチーフにしたところはあえて変える必要ないだろうな、と思ってたけど、エリーザの変奏曲や「パ・パ・パ」みたいにほぼ曲をそのまま使うところ以外は、モチーフを使うにしても全部変更になっていて、すっごいがんばったんだなー、という印象。
ただ、残念ながらそれぞれの曲はあまり好きになれなかったです。終演後に頭に響いていたのはバリバリ前作の「おーとーにのりかーぜーをうけ」だったし(それには原因がある…後述(^^;))たぶん、「伴奏」が主役すぎたのも大きな要素だと思ってます。席が壁際だったせいもあるかも知れませんが、音の飾りが耳につきすぎるせいで歌詞に集中できなかった。
あと、「ここでエリーザとサリエリがそれぞれの心情を歌う」とか「ここでモーツァルトが自分の子供時代を振り返る歌を歌う」とか、場面構成と曲の絡み方が基本的に前作と変わらないので、なんとなく「この曲はあの曲のかわり」というのが目立ちすぎちゃって…そんなこと言うのは前作オタクだけなんで、初見で観てる人にはぜんぜん問題にならないと思いますが(^^;)。ただ、曲じたいに弾きつけられるという事が残念ながらなかった私としては、段取りの変更点ばかりに目が行ってすごく長く感じてしまった。

場面的に「変わったな」と思った部分もたくさんありました。前半のブレツナーのエピソードとかコンスタンツェがシーツ着て逃げ出す場面とか漫画原作の台詞やエピソードを下敷きにした工夫がいろいろあって面白かったです。(でも、お陰でカテリーナのキャラをどうしようとしたのかすっかりわからなくなったのは私だけか?)
これは最後のほうも例えば「暗殺説」で持っていくのかな?という先入観が芽生えてしまったりもしたのですが(煩い客だねホントに)、実際はそうはなりませんでした。

そのかわりに後半では、今回の「21世紀は戦争で始まった」という副題にまつわる再構成がなされていて…これについては何がなんだか全くわからなっちゃいました私は(T_T)。
冒頭の少女・パパ・サリエリ・エリーザ・戦場・精霊・音楽・子供達の幸福・フランツ=クサヴァJrの手紙、この素材で描こうとしたものって、前作にとらわれてなかったらすんなり頭に入ったんだろうか?どう解釈してもいいイメージだとしても、あまりに材料が足りない(本編への「妙な味付け」で終わってる)と思うのですけども。パンフ読めばわかるのかな?それもなー。

「パ・パ・パ」のメロディや、曲の持つ幸せなイメージをラスト近くのモチーフにした演出自体は単体ではすごく素敵だと思ったので…この際全編でそれをやってくれれば混乱しなかったと思う…(^^;)。

とはいえ、終盤はそんなわけで「どうなっちゃうんだろう?」という前作と完全に切り離されたワクワク感がありました。
パパゲーノの歌をみんなで歌うシーンや、「魔笛」の場面場面がフラッシュバックしていくところ(なんたってパパゲーナ)ですっかり気持ちもほぐれて、「うんいろいろあったけど新しい作品になったんだよね」と落ち着いたところで。

…月が出た(撃沈)。

(すいません、ここから先は完全に前作ファンのグチです。心狭いです。わかってます。)
…ここで「そりゃあないでしょう」って思うのは所詮懐古主義者のヒステリーだろうか(T_T)やっと納得しそうになったのに、戦争モチーフはさっぱりわからないなりに(爆)この作品はこの作品だよね、って思おうとしてたのに、月が出てシルエットが出て(ここの役どころをシカネーダーから奪うためにあの人物はあの毛羽衣装を着てたのかもしかして?!)最後の最後のモーツァルトと精霊の絵はやっぱそれなのか、と…(T_T)。

そんなこんなで、観るまではいろいろと考えすぎて申し訳ない気分になりつつ観劇した21C「マドモアゼル・モーツァルト」、観終わったらさらに申し訳ない気分でいっぱいになりました…キャストもスタッフもすごく頑張ってるのに、力作なのに、どうしてもどうしても愛せないミュージカル(T_T)。(「なぜあーいせーないのー」(爆))

…なんですけども。
キャストや場面場面では気に入ったところたくさんありまして、また後日にもうひと語りできたらと思います。

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